古城タケルは己の世界観を狭く深い場所にある箱庭だと思っている。必要なものは手に届く場所に置いておけた。不足が生じれば調達の為に腰を上げる。活発ではなかったが快活には振る舞えた。心のギアの入り時は外部からの干渉よりも自身の好奇心と直感に従いたい。例えば、心血注いで完成させたLBXの性能をより引き出すことの出来そうな、魅力的なLBXプレイヤーを見つけたときだとか。
 そんな風に、タケルはLBXを中心に世界を回す。神威島に集った少年少女たちはきっと誰もが似たり寄ったりで、拮抗した実力者たちが集まればそれだけ心は安まらないのかもしれない。クラスを国家として単位を改めて、顔の判別がつく真っ当なライバルたちを仲間と識別すれば安らぐのか、それはタケルにはよくわからなかった。タケルはメカニックだ。LBXをいじれるならば対人関係は問わない。勿論、折角天塩にかけて、資金のやりくりを調節して仕上げた大切なLBXたちだから、大事にしてくれる人に届けてやれるのが一番いいとわかってはいるけれど。
 きっと恵まれている方だ。仲間も、所属も、諸々の事象がこの島の中でタケルに窮屈を強いたりはしなかった。住めば都と言うのだから、きっとハーネス以外の国に割り振られていたとしてもそれなりにはやっていただろう。それを可能にする実力はあると自負している。けれど同じ小隊に配属されているクラスメイトを見渡して、ああ良かったと胸を撫でおろす。ここはとても居心地がいい。
 タケルに初めてメカニックとしての才能を自覚させてくれたのは、姉の古城アスカだった。タケルが作り上げたワンオフ機、特徴的な頭部のヴァンパイアキャット。もう何年も前に作り上げた機体。今ではあのときよりずっと精密で高性能なLBXを組み立てることができる。それでも、今よりずっと幼かったタケルの作った機体を信じてアルテミスに出場し、見事優勝してみせた姉の勇姿をタケルはテレビ越しにしか見ていないが、その光景は未だ褪せない。優勝したアスカが高らかにタケルの名前を呼んでくれた。自信家の姉だったから、烏滸がましいかもしれないけれど、タケルが作ったヴァンパイアキャットを褒めてくれたような、そんな心地だった。あのときは本当に嬉しかった。今でも思い出すとタケルの頬は緩む。もっとも、あの後アスカはなかなかタケルたちの下に帰ってこなくて散々心配した心象も強い。
 戦争を想定し、限られた条件下で最高のパフォーマンスを発揮する為にLBXを調整する。技量を磨くには適度な抑圧を受けた方が経験値が入る。セカンドワールドを離れた場所で趣味の範囲でいじれるLBXが減るのは辛かったが仕方がない。暇を感じるほど、タケルが送り出したLBXが毎回無傷で帰ってくるわけではなかったから。誰もがその日を生き抜くのに精一杯だ。

『アスカ様の弟がいるって本当!?』

 タケルを指す呼称として、この神威大門では珍しい呼び方を随分久しぶりに聞いた。ここではタケルが古城アスカの弟であることなど、大した価値を持っていない。在籍すること自体が本人の実力なのだから、身内の輝きを僻まれたことはない。羨ましがられたことはあるけれど、自慢するにはタケルを見ていない相手と馴れ合う機会がハーネスが小国であるが故少なかった。何よりタケルはメカニックでプレイヤーではない。アスカの素晴らしさは誰よりも知っているが、舞台が違えばどこまでも穏やかな家族愛でしかタケルはアスカを想えない。だからと繋げるわけではないが、神威島を去る日が来るまで、タケルがアスカの弟として振る舞える日は来ない。その旨を伝えれば大抵の人間が落胆しタケルの前を去る。今回、アスカのサインを目当てにタケルを見つめたキャサリンだってきっとそうに違いない――と思っていた。

「あら、おはようタケル」
「……おはよう」
「歯切れが悪いわ。徹夜でもしたの?」
「いや、うん、えっと…」

 食堂でキャサリンから挨拶を寄越されたとき、タケルは少なからず驚いた。顔見知り程度にはなったのだから、挨拶くらい普通だったかもしれない。徹夜なんてしていないけれど、反応の鈍さはキャサリンの憶測に便乗して誤魔化した。まさか姉のサインを貰ってあげられるかわからないのに愛想がいいねとは言えなかった。完璧に嫌みな響きを持つだろう。
 キャサリンは、昔のアスカに似ていると思ったのは事実だ。本人には揶揄する意味合いで受け止められたとしてもタケルの認識は変わらない。子どもっぽくて、自信家で、気が強いところ。タケルはそれを大好きな姉の、彼女らしさとして受け止めていたから寧ろ褒め言葉のつもりだったけれど。キャサリンの反応からすると、プラスのイメージには働かなかったようだ。

「約束、忘れちゃいやよ」
「――約束?」
「アスカ様のサイン!」
「ああ、うん。勿論」
「ほんと?ね、じゃあ連絡先交換しましょ!」
「え…」
「何よ、不満なの?」
「いや、そうじゃなくて…。1年以上も先のことなのにと思っただけ」

 他国の生徒に連絡先の交換を求められたのは初めてのことで戸惑った。それが尚且つ女の子からだったということに意味はない。タケルはそう思いたい。何より彼女の目当てはタケルではなく姉のアスカなのだ。ときめく要素が見当たらない。ときめいたとして、それではただのシスコンだ。姉に似ていると言い放った体がそう思わせる。

「1年も先だからよ!忘れられたら困るもの!」

 タケルの億劫など無視してキャサリンは既にCCMを構えている。逃げ道はないようだ。初対面時のもじもじと恥じらっていた姿はもはや見る影もない。此方が元来のキャサリンだとは疑うべくもないが、女の子とは恐ろしい。今タケルの目の前にいて彼の連絡先をせがむキャサリンは、その実古城タケルには一切興味がないのだから。
 タケルの箱庭のように狭い世界の中。手に届く至近距離に飛び込んできた異端分子の少女は触れられないまま彼に約束を背負わせた。姉に似た奔放さ。けれどアスカのようにタケルを認めてくれない、褒めてくれない、愛してくれない。それでいてこの学園を去るときは果たさなければならない義務を負わせた。引き受けたのは意志だけれど、正直軽んじていた。ここまで熱烈だとは予想もしていなかった。
 早く連絡先を寄越せと迫るキャサリンを前に、タケルは言いようのない寂しさを感じ、アスカに会いたくなった。君の大好きなアスカ様のLBXを作ったのは僕なんだよ、なんて幼稚な自己顕示欲を吐き出すには、タケルはキャサリンのことを何も知らなかった。姉の大ファンであること、それ以外には何も。のろのろと取り出されたタケルのCCMが手から滑り落ちて床にぶつかっても、暫く拾う気にもなれなかった。



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僕の身体は本物ですか
Title by『彼女の為に泣いた』




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