カーテンに遮られた陽光の色が鈍い。うとうととベッドの上で微睡んでいたアラタは、視線を横にずらして床の木目に届く光を頼りに現在の時刻を測ろうとした。結果、よくわからなかったので渋々上体を起こし、枕元に置いてあるCCMを手探りで手繰り寄せる。――だが、目当ての物は手に掠ることはなく、アラタはおや、と眼を見張る。そこで意識もはっきりと覚めて、ぐるりと周囲を見渡せばそもそもここはアラタの部屋ではないことに気が付いた。

「アラタ、やっと起きた」
「――サクヤ?」
「ヒカルの馬鹿野郎って叫びながら部屋に入って来て、ベッドに飛び込んだと思ったら直ぐに寝息が聞こえるからびっくりしたよ」
「ごめん」
「いいよ、アラタだもん、仕方ない」

 仕方がないとはどういうことだろう。思ったけれど、聞かない。この部屋の主であるサクヤは、一度もアラタの方を振り返ることをしないまま、机に向かい熱心に手を動かしている。普段ならば何をしているんだと駆け寄ってその手元を覗き込むのだけれど、寝起きの乾いた喉と繋がらない記憶とがアラタをベッドに億劫さを伴って縛り付けていた。
 ――俺、何でサクヤの部屋で寝てるんだっけ?
 尋ねた相手はアラタ自身。ものの数秒でフラッシュバックやりとり。思い出して、アラタは顔を顰める。サクヤの言う通り、感情の爆発するままにヒカルを罵倒する言葉を叫びながら自室を飛び出し隣室に駆け込んだ。我ながら近過ぎる避難先である。それから、何も言わずにアラタを匿ってくれるサクヤの背中に向かって心の中で礼を言う。
 いつからか、アラタはヒカルと衝突する度にサクヤの部屋に逃げ込むようになった。愚痴を零すでもなく、ただ同じ空間にいるのが気まずいと避難する。それならば散歩にでも行けばいいのだが戻るタイミングが掴めない。同じ部屋にサクヤがいると、今取り掛かっている作業が終わったら部屋に戻ってヒカルに謝ろうといった具合に覚悟を決めることができる。どうしても自分は悪くないと思う時には、さり気なくサクヤに背を押して貰ったりしながらアラタはどうにかヒカルとの関係を崩すことなく生活することができている。いつか間違えてサクヤをお母さんと呼ぶ日が来てしまうかもしれない。割と冗談にならないので、気を付けようと常々思っている。
 ヒカルとアラタは付き合っている。人前で堂々といちゃつくことは出来ないし、きっと二人の性格上、状況が許してもしないだろう。遅々とした想いの進行にアラタは全く焦りを覚えないのだけれど、もしかしたらそれは怠慢だったのかもしれない。ヒカルに委ねすぎて、そのくせ彼が先に進もうとすると気恥ずかしさで逃げ出す。そんなことの繰り返し。

「――なあサクヤ」
「……ん?」
「俺ってそんなに欠点多いかな」
「どうして?」
「ヒカルが言うんだよ。俺には落ち着きが足りないし思慮も足りないし学習能力がないしすぐ調子に乗るし寝坊はするし忘れ物はするし授業は聞かないし他人の話も聞かないし皆に迷惑ばっかり掛けてるって」

 もしかしたら他にも言われたかもしれないが、アラタが記憶している限りヒカルが列挙した欠点とやらはこれだけだ。指折り数えながら、もう少し簡潔に叱ってくれてもいいんじゃないかと思う。とはいえヒカルはアラタを叱ろうとしていたわけではなく、単に怒っていただけだろう。
 ――宿題してたの邪魔したのは悪かったけどさ、そこまで言う?
 きっかけは、予定のない休日の特権としてベッドの上でだらだらと寝転がっていたアラタが暇を持て余し、きっちり机に向かって出された宿題に取り組んでいるヒカルに構ってくれと構い倒したことだ。相手から来られると身を引く癖に、一時の思いつきで自分から擦り寄っていくのだから性質が悪い。アラタはいつだって自分に正直であり、ヒカルに対して不誠実にもなる。
 構って欲しい一心で、色々と話し掛けた。ヒカルの機嫌を損ねたのはどの文句だったろう。細部までは思い出すことができなくて、アラタはもう一度サクヤのベッドに寝転んだ。アラタは相手が誰であっても、自分との関わりの中で好ましい部分を見つけることを優先していた。嫌悪ばかりが先立つならば、自然と足が遠のき合って関わり合うこともなくなる。それが出来たのは、神威島にやってくる前の話。今は、どうだろうと振り返る。誰も彼もがアラタに好意的でないことは知っている。刺々しい言葉も、あからさまな敵意も受け取ってきた。けれどやはりそれは身近ではなかった。だから一時落ち込んでも直ぐに忘れる。囚われるには、アラタにとっても大切な人間ではなかったから。
 だけど、相手がヒカルであるならば話は別だった。好かれていたい。好きだから、それを願うのに。加減がわかっていないのはお互い様で、だけども好きな人の欠点をここまで澱みなく本人にぶつけてくる人間をアラタは初めて見た。傷付いた。思わず逃げ出す程度には。

「ヒカル、俺のこと嫌いになったのかな――」
「それは違うよ」
「…サクヤ?」
「ねえアラタ、視点を変えてごらん。アラタは根がお気楽だからね、100のマイナスだって1のプラスで忘れられる人種だよ」
「失礼な!」
「まあ兎に角、ヒカルにこう聞いてごらん。『俺のどこが好きなの』ってね」
「……あるかな。あれだけ欠点指摘しておいてさ」
「そりゃああるに決まってるよ」

 いつの間にか作業の手を止めて、アラタの方を向いて話し掛けていたサクヤがまた机に向き直る。それが今回のそろそろヒカルの所に帰りなさいという相図だと受け取って、アラタは重い腰を上げて立ち上がった。それから何も言わずにサクヤの部屋を出る。お礼は後で纏めて言うつもり。
 サクヤの意図はさっぱりわからないくせに疑う気持ちもとうにない。サクヤが言うのなら、ヒカルと仲直りできるのだろう。そんな悠長に構えられるアラタは、彼の言う通り根がお気楽な人間なのである。
 毎日何度も潜っている部屋の扉を前に、一度大きく深呼吸をするとそのまま躊躇わずドアノブを掴み、開けた。そして数時間前、アラタが部屋を飛び出す前と変わらず勉強机に向かって座っているヒカルの背に向かって、思いきり尋ねた。

「――なあヒカル、お前って俺のどこが好きなの?」



 夕飯の時刻にサクヤがどうにか作業を一段落させて食堂に降りて行くと、一足先に集合していた第一小隊の面々が既に食事をしているところだった。アラタとヒカルが隣同士、その前に座るハルキはどうやら咀嚼に集中しているらしい。心なしかアラタとヒカルの距離が近いような気がするし、会話も弾んでいる様だった。きっと、ハルキは出来るだけ二人のやり取りを耳に入れないように気遣っているのだろう。そんな愛しい仲間たちを眺めていると、不意にサクヤに気が付いたアラタが手を振ってくる。生憎トレーで両手が塞がっているので振り返してはやれないのだが、その表情を見る限り無事仲直りしたらしい。
 仲がよろしいのならば結構だ。だから、アラタの視線を浚ったくらいで面白くないと顔を顰めないで欲しい。アラタの隣に座る彼に、サクヤは苦笑する。自分はそんな野暮な人間じゃないのに。
 詰まるところ、どれだけ欠点をあげつらったところで、恋とは所詮盲目だ。



「――なあヒカル、お前って俺のどこが好きなの?」
「――全部」




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好きなところだけ探しましょう
Title by『深爪』





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