瀬名アラタはあまり他人に関心の目を持たない。それは勿論一線を引いているわけではなく(寧ろ弁えろと叱りたくなるほど無神経に踏み込んでくることがあるので)、自分のスタンスを他人に合わせて変える気がないということだった。誰かに圧迫されることも、誰かを虐げることも望まない。仲良くやろうぜと気安く手を伸ばし、相手の都合を鑑みない姿は時に残酷なほどアラタは己に正直だった。
 そういう所が羨ましかったのかもしれないと、法条ムラクは思う。屈託のない人間が珍しいとは言わないが、自身の周囲、この学園ではなかなかお目にかかるのは難しいだろう。何せ一瞬のミスが命取り、その日の勝利がまさしく自分の居場所を勝ち取ることに他ならないのだから。仲間といえ容易く庇ってやれないのが性なのだ。まして敵国に所属する生徒に好き好んで接触する人間など、精々この学園に入る以前からの繋がりがなければほぼ有り得ないと言っていいだろう。
 一度目は偶然の産物だった。制服と、生真面目さが脳内に染み込ませた他国の時間割を照らし合わせて視聴覚室がわからないと喚くアラタを屋上から送り出してやった。アラタからすれば親切に映ったかもしれないその振る舞いは、ムラクに言わせれば単にやかましいイレギュラーを自分ひとりの空間から追い出す為の処置に過ぎなかった。
 二度目の接触はムラクから。自身の機体に初めて傷を付けられたことへの衝撃と好奇心。それから本当に少しだけ、喜びという感情も混じっていたのかもしれない。強者であることを当然と呼ばれることになったとして、相手にもならない敵を薙ぎ倒すだけの日々はやはり刺激がなさ過ぎたから。
 思えばこれが良くなかったのかもしれない。一方的な興味ならば、きっと前進することはなかった。顔見知りになったからといって戦闘に迷いが生じるほど脆くはないが、強靭でもなかった。真正面からの不意打ちは、全く以て想定外だった。最強の冠に釣られる連中は多く、だがアラタのように倒したいとにこにこと微笑みながら突っ込んでくる人間は少ない。まさかウォータイム外に偶然以外でロシウスの教室近辺に突撃してくるとは。戦争なんて二文字を、きっとアラタは身に刻んでいないのだろう。ムラクはそれで良いと思う。LBXを破壊されたら退学、それはもう学生としての首を懸けているのでありホビーの域を脱している。それが良いか悪いかを論じるつもりはない。嫌なら去ればいいだけのことで、ムラクにはまあのっぴきならない事情があるのでもうやだしんどいと辞表を提出して逃げ出すことは出来ないし、そんなキャラじゃないと知っている。仲間だってなかなか恵まれているのだろう。友達とは違うことも明白で、一緒に頑張ろうなんて励まし合うこともなく、それも結局はらしくないからなのか、後ろめたいからなのか、信用はしているつもりだから、明確に答えを出すつもりはない。小隊を組む上で必要最低限の節度は誰もが持ち合わせていた。ひとりでも事足りることは多く、複数いるならば効率的に動けるとそれだけのことだった。多少の情はあるけれど、助けてやれないことはこの学園にいて、実力にプライドを抱く者ならばわかっているだろうし望むべきではないのだ。
 けれど、アラタに関してはもっとはっきりと明瞭に線を引くべきだと思う。拒絶してしまおうかと考えて、そんな内側に潜り込ませていたのかと自身に驚く。しかも一方的な思い込みの可能性が高く自惚れるなよと言い聞かせるものの、それはアラタの態度を見ていればわかるだろうという追い打ちに肯定されて羞恥心よりも理不尽な怒りが湧き上がってくるのだから、これもまた予想外過ぎて持て余す。
 誰にでも一定の馴れ馴れしさを発揮するアラタに振り回されているのは、きっとムラクだけではなくて。同じ小隊のメンバーなんてもしかしたら一番の被害者かもしれない。でも、その馴れ馴れしさに感化されて、同じ親愛を抱えて、それが不自然にならない距離にいて、手を伸ばせば触れられるならそれは十分報われているではないか。もやもやと薄暗い感情がムラクの胸に広がって、それは直前まで思考の対象であったアラタではなく、名前も知らないよく彼と一緒に行動しているところを見かける数人に向かっていく。とはいえ、アラタ以外の顔はよく覚えていない。名前を知らないのだから、覚えている必要はない。アラタが呼んだ名前を気合いで思い出せと言われたら出来るかもしれないが誰も言わないのでやらない。名前ばかりがひとり歩きをして、知らない人間に指を差される鬱陶しさなら知っている。アラタとは正反対の一定の無関心がムラクには必要だった。そして身に着けたつもりでいた殻を、丹念に厚く重ねていたつもりがいつの間にか入っていた亀裂は修繕するどころか広がっていく一方だった。
 あの日、初めて傷を負ったのはガウンタ・イゼルファーではなく、ムラクの心だったのかもしれない。そしてそこから入り込んだのは、傷を膿ませる菌よりも厄介な瀬名アラタという存在。
 ――手遅れかもしれないな。
 そう呟いたムラクの文句に一通り耳を傾けていたアラタは両手で顔を覆って地面に蹲っていた。二人きりの屋上には生温い風が吹き抜けて、やがてやってくる夏を告げているようでもあった。
 アラタの様子にムラクは首を傾げてどうしたと声を掛ける。アラタは居た堪れないといった風に顔を覆ったままぶんぶんと首を振り、それから羞恥心に耐えきれずに、叫んだ。

「ムラクが俺を好きすぎる!」

 簡潔過ぎる言葉に、ムラクは成程と心の突っかかりが消えたかのように頷いた。
 好きならば仕方がないなと、蹲るアラタの隣でムラクは何度もその答えを咀嚼し首肯し、微かに口元を緩めた。
 全く以て、仕方がない。



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みなが怖れる白亜のトカゲ
Title by『ダボスへ』





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