朝、学校へ行こうと玄関のドアを開けて通学路を歩き出すとアミの視界に映り込む一軒の住宅がある。勿論、その住宅が孤立して建っているから目を引くというわけではなく、そこにアミにとってとても大切な人が住まっているからという理由で無意識に視線を引っ張られているのである。
 幼馴染と呼んで差し支えない、アミの視線を惹きつけてやまないその住宅に住んでいる山野バンという少年は、生憎ここ数日は留守にしていると本人からメールを貰っている。同い年で、アミが学校に行くとしたら彼もまた学校に行かなければならないはずなのに、そんなことはどうでもいいと言わんばかりの潔さで学校を欠席している。
 ふん、と気色ばんだ息を吐き捨てて、アミは彼の家を通り過ぎる。幼馴染とはいえ、年頃の男女でもあり、お互い誰かに寄り掛からなければ何もできないような人間でもなかったから、LBXという一致する嗜好がなければここまで意識し合うことはなかったかもしれない。それはあくまでアミ個人の見解で、バンとアミの二人をよく知る第三者から言わせれば、朝寝坊してないだろうかだとか、宿題を忘れていないかだとか、根の真面目さが手伝ってアミはバンを放っておくことはできなかっただろうと、どうせ今と変わりやしないと指摘する。そう言われる度に、アミは自身をそこまでお節介ではないと唇を尖らせ、バンはそんなに迷惑を掛けているのだろうかと首を傾げるのだ。そんなバンの態度が、それはそれで気に食わないとアミは何度か彼の頬を軽く抓ってやった。過剰に痛がる仕草が、親愛の証だということくらいはしかと見抜いている。
 バンが家を留守にしているのは、簡潔に説明するならば父親の出張に着いていくからだ。何でもA国にてエネルギー問題に関する小難しい学会があるらしく、それを傍聴しに行くとのこと。その旨が綴られたメールを受け取ったアミの眉間には皺が寄り、そんな専門的な話し合いの内容が理解できるほど賢くないでしょうと失礼な文句で叱りつけてやりたくなった。どうせ本命は滅多に会えない、現在もA国で暮らしているかつて共に世界の危機に立ち向かった仲間たちと久しぶりにLBXバトルにしけこむことに決まっている。海道ジンや灰原ユウヤ、ジェシカ・カイオス。アミも彼等とは個人的に連絡を取り合っている。だから、穏やかな日々を過ごすからこそ簡単には飛び越えられない国境を挟む彼等に会いたいと思うバンの気持ちが理解できないわけではない。否、身に染みて理解できる、だからこそ。

「――誘いなさいよ」

 そんなアミの心底からの不機嫌を滲ませた声は、朝の住宅街に静かに溶けて行った。


 夜、ホテルのベッドに横になりながらバンは目を閉じる。父親の仕事に便乗してA国に連れて来て貰ってから数日。ひとり異国の地で暇を持て余すことはなく、ジンやユウヤ、ジェシカと全員集合とは行かなくともそれぞれ日を別にしながらも連日LBXバトルや観光など充実した時間を過ごしている。だからこそ、生活感のないホテルの部屋に戻ってくると途端に孤独を感じる。時差や疲労で眠り込むこともないまま、バンは時計を見て、日本の現在の時刻を計算してみたり、その日の出来事を振り返ってみたり、理解できない流暢な英語で盛り上がっているテレビ番組を流しては消してみたりする。
 バンがこうしてA国に出掛けることを事前にメールで知らせたのは、幼馴染のアミと親友のカズだけだった。突然の誘いだったこともあるし、あくまで父は仕事で出向くのだから良かったら一緒に行くかとバンの一存で誘うこともできなかったから、同じ学校で直ぐにバンの不在に気付くであろう二人にだけ。ヒロやランにも、目当てが目当てだけに何も言わずに出かけることは心苦しかったが仕方がない。一緒に行けないのならば、告げたって仕方がないと割り切ることにした。後からお土産話を聞かせてあげようと思いながら、ひどいひどいとバンを詰る可愛い年下二人組の姿を想像したら、和んだ。
 それから、話だけでは腹の足しにならないからと、何か形のある土産を持って幼馴染の家に行くことを考える。きっと笑顔でおかえりなさいと言ってくれるだろう。けれど、その笑顔に若干の棘があるかもしれないことを、バンは知っている。鈍感なふりをして見なかったことにもできる。バンとアミの、幼馴染と括られる程度の近さと深さでなければ気付けない程度の棘。何も知らない第三者は、バンの方が好き勝手やっているというけれど、実際は優等生の仮面を被って好き勝手やっているのはアミの方だと思う。大抵、同意は得られない。兎に角、バンはアミの寛容の枠を飛び出す度にちくちくと彼女の不機嫌に刺されるのだ。
 きっと拒む権利は、二人が他人であること、それだけで充分に保障されている。だがそれを行使する気になれないのは、二人してお互いの間合いにいることを心地よく思っているからだ。その近しさに浸っている間は、バンもアミも幼馴染の三文字に何の異論を持たない。例えば、恋人の二文字に憧れたりはしない。
 だから、久しぶりに会う仲間たちに、露骨だったり遠回しだったり、集約すると「アミとは最近どうなの?」という疑問をぶつけられても知らんぷり。だって、何もないのだから。A国に来てから、脳裏に過ぎらせたアミの笑顔に、呟く。

「――誘いたかったんだけどなあ」

 そんなバンの今はまだ不相応な本音は、一人きりのホテルの天井に霧散する。遠くでは車のエンジン音やクラクションが響いている。ここは自分の暮らす静かな住宅街ではないのだという想いがじわりと心細さを運んできて、バンは小さな声で大切な幼馴染の名を、呼んだ。



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つらいよ、きみがいない世界なんて
Title by『るるる』





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