並んで歩くことすら難しいような、妙な気難しさを抱えた少年だった。星原ヒカルという少年は、アラタにとっては新たな世界への一歩を同時に踏み出した、いわば同士のような親しみがあり、また学校という集団生活の中で自然と生まれる枠組みの中で同じ枠の中に放り込まれることの多い、遠いか近いかで言えば迷わず近くにいる、そんな相手だった。
 アラタは、相手がどのような人間であるか事前に情報収集をしてから付き合いを持つ人種ではないから、ヒカルのことだって興味のないまま親しくなろうとした。目の前にいる、部屋が同じで席が隣で同じ小隊のヒカルによろしくと手を差し出すことをアラタは不自然だとは思わない。それはきっと大抵の人間がそう思っている。挨拶であり、通過儀礼であり社交辞令だ。その後、付き合いを続ける中で途切れることも、浅いまま突き放す瞬間を窺うように息苦しさを覚えることも、本心からお互いを信頼し合って打ち解けることもあるだろう。相手もまた同じ信頼を返してくれるのならばの話ではあるが。
 現在、アラタはヒカルの斜め後ろを歩いている。理由は単純に、ヒカルが並んで歩くことを嫌がったからだ。何でも、時折擦れ違う人をアラタが避けようとするたびに腕がぶつかるのが嫌らしい。だったらヒカルが端に寄って歩いてくれればいいのではないかと、アラタは至極真っ当に質問してみたのだけれど、ヒカルは真顔でそれはいやだと言い張った。左右に壁があったのでは歩きにくいのだと言う。ならばヒカルが後ろを歩いてくれというと君なんかの後ろは歩きたくないとまた真顔で言う。アラタの歩くペースは不規則で、着いていくには非常に苛々させられるらしい。ああ言えばこう言う奴だなと呆れて見せれば、君にだけは言われたくないよとさっさと歩き出してしまったので、自然とアラタがヒカルの斜め後ろを歩く形になっていた。全く仕方がない奴だと上から目線で妥協をし、アラタはヒカルの歩調に合わせて歩き続ける。
 休日の昼間にヒカルと二人で出掛けたのは初めてだった。そもそもヒカルは誰かと一緒に外出することは殆どない。ヒカルの気紛れの端に他者の誘いが引っかかれば時々その重い腰を上げる。そんな彼に毎回これから出掛けるけれど一緒にどうだと誘いを掛けるのはアラタくらいだった。だから、珍しいこともあるものだと誘いを断られた回数と、受けて貰えた回数をヒカルの背中を眺めながら指折り数えて考える。その仕草に正確性はなく、ただ断られた回数の方が圧倒的に多いであろうことをアラタは経験として確信している。
 神威島での休日の過ごし方には、その環境の所為で自然と制限がある。不自由とは大袈裟だが、この島を訪れる以前通りとはいかないのが現状だ。LBXバトルをしようにも、熱中しすぎてうっかり破損させてしまえばサクヤに迷惑が掛かる。思う存分とはいかない。勉強や読書に時間を費やす柄でもなく、怠惰に落ち着いているわけでもない。しかし今日は何をしようかと計画を練っている段階で寮母のトメさんに捕まってしまったアラタは午前中ずっともう使われていない物置の整理をさせられていたのである。埃臭く蒸し暑い物置の整理に任された仕事を適当に済ます訳にはいかないと、おかしな闘争心を燃え上がらせたアラタの仕事ぶりに感心したトメさんは、アラタにご褒美をくれた。それは商店街の駄菓子屋で使える金券のようなものらしく、200SC分の駄菓子と引き換えが可能と書かれていた。期日は今日までで、これはご褒美というよりこれも後片付けの類ではないかと思ったがアラタは言わないでおいた。代わりにお礼を言って、急いでダック荘の自室に駆け戻りヒカルに駄菓子屋に行こうと声を掛けた。案の定、第一声は行かないと素っ気ない声が返ってきたものの、無駄なSCの消費はさせないからと留トメさんに貰った券を見せて、今日は暑いからアイスでも食べようと言い募ればヒカルは如何にも渋々、といった風で立ち上がった。
 そうして、二人は駄菓子屋に向かっている途中なのである。

「なあなあ、ヒカルはアイス何にする?まあ何が置いてあるかもわかんないけどさ、俺たちが知ってるのとかあるかな?」
「さあね、行けばわかるさ」
「そりゃあそうだけどさあ…。やっぱりハルキやサクヤも誘った方が良かったかな?」
「200SCじゃあ4つもアイスは買えないだろ」
「そうだけどさあ」
「何、僕に何か不満でもあるわけ?」
「………俺の労働の成果に敬意を払わずに隣を歩くなとか言う奴に不満がないわけないだろ!」
「敬意を払うべきはトメさんで僕じゃない。駄菓子屋に着けば感謝はする」
「あっそう、」

 会話の最中、ヒカルは数度視線をアラタの方に寄越したが、足を止めることはしなかった。広がりを見せなかった会話が萎んで、アラタはもう次の言葉が浮かばない。それを察したのか、ヒカルは真っ直ぐに前を見つめて歩く。そして、先程のヒカルの言葉を反芻する。不満があるかと聞かれたらある。嘘ではない。隣を歩くなと言われたこと、そのことについての言い訳はアラタを置いて歩き出した際に済ましたつもりでいるのだろう。今回は何の弁明もなかった。確かに他人の腕が歩いている最中に何度もぶつかるのは鬱陶しい。離れて歩くのが難しいのならば位置をずらすのが最も効果的ではあるだろう。しかしそれでも、とアラタはどうしても思ってしまうのだ。そして浮かんだ主張を、素気無く否定されるかもしれないからという憶病で仕舞っておけるほどアラタは大人しくはなかった。
 ヒカルの上着の裾を掴んで、引き留める。まだ何かあるのかと胡乱気に彼は振り返る。そして予想外にアラタが深刻な顔をしていることに気が付いて、一瞬驚いた表情を見せて、それからすぐに普段の涼しげな相貌に戻ってしまう。

「――どうかしたの」
「あのさ、やっぱり納得いかないんだ」
「隣を歩くなって言ったこと?」
「だってさあ、ヒカルの言うこともわかるんだけどさ、だけど…何ていうか…」
「何、はっきり言いなよ」
「狭いところは歩きにくいってさあ、隣にいるのが俺っていうことより重要なことなのか?」
「―――は?」
「いやだからさ、俺とヒカルだけで出掛けるのって登下校とか抜きにしたら珍しいじゃん。それなのにさあ、これじゃあひとりで出掛けるのと大差ないからつまらないってこと」
「………ああ、そう」
「何でテンション下がってるんだよ」
「僕は元から君みたいに暑苦しくないんだよ」
「――はあ!?」
「もういいからさっさと行くよ。暑い」
「おい!俺の意見も少しは聞けよ!」
「はいはい、隣でも前でも後ろでも好きな場所を歩けばいいんじゃないの。もうそんなに道も混み合ってないしね」
「……!何だよ素直じゃないなあ!」
「無自覚に性質の悪い話する君よりはマシだよ」
「何の話?」
「こっちの話」

 駄菓子屋まではもう一本道。そこまでくると、もう往来の人影はまばらで確かに二人が隣同士を並んで歩いても擦れ違う度に回避運動を取る必要はなさそうだった。
 自分の主張が受け入れられたと満足げに隣に並ぶアラタに、ヒカルは苛立ったように前髪を掻いて、呆れたように溜息を吐いた。それは勿論、アラタの発言に妙な期待を抱いてしまった自分に対しての戒めだ。
 アラタが隣にいることより大事なこと、少なくとも、今のこの瞬間にはそんなものは存在しないことをヒカルは自覚している。アラタからすれば、ヒカルと二人で歩いていることよりも大事なことなどそこかしこに存在していそうだが。例えば、この道の先で待っているアイスとか。
 そんなものに後れを取っている今のヒカルには、隣を歩くアラタの無防備に揺れている手を取ることなんて到底出来やしないことだった。だからせめて、アラタのアイスを横から一口頂戴するくらいの強かさは許されるだろうかなんて想像して気を紛らわす。どうせ間接キスなんて言葉は、アラタの頭には入っていないだろうから。
 隣を歩くアラタの腕とヒカルの腕がぶつかることは、もうなかった。




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手を繋げなかった青い春
Title by『にやり』





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