※アラ←ユノ+ハルキ



 面倒見のいい少女だとは思っていた。副委員長としての立場も、まとめ役でありながら小隊長ではない辺り、鹿島ユノという少女は先頭に立つよりも他者を立てることが出来る、扱いづらい人間を穏便に輪の形成位置に導ける人種だとハルキは思っていた。だからこの、神威大門統合学園2年5組にやってきた転入生の世話を率先して焼くユノの姿に、ハルキは初め何の疑問も抱かなかった。
 段々と覚え始めた違和感は、ユノのお節介が転入生に対してではなく瀬名アラタにだけ向かっていることに気がついたとき。星原ヒカルに対しては積極的にコンタクトを取ろうとしていないユノに、ハルキは首を傾げた。

「随分アラタの面倒を見たがるんだな」

 尋ねた声音に、嫌味も下世話な憶測も滲んでいなかったのは、純粋に疑問に思っただけだから。きっとハルキでなければ、ユノの気分を害するような物言いになっていただろう。何せアラタと来たら転入して来てから大人しくウォータイムを終えたことがないものだから、一人の致命的なミスで小隊のみならずジェノック所属のクラスメイトたちまで壊滅的な被害を受けることを厭う輩からすれば好ましくない印象を持たれていても仕方ない。そんなアラタを、ユノは常々放っておけないのか声をかけている。初対面はハルキのお説教に、余りに環境に馴染まない無知で首を傾げるアラタを見かねたのだろう。寮まで送り届けた際のやり取りをハルキは知らないから、もしかしたらそのときユノの心の琴線に触れる何かがあったのかもしれない。それにしたってアラタにばかりという疑問は付き纏うものだけれど。

「だってアラタ、無茶するし、授業も真面目に聞いてないし、まだ色々慣れてないみたいだから放っておけないじゃない?」

 少なくともヒカルは校舎の構造は覚えてるみたいだし、授業もきちんと受けているからと取って付けたように言うユノの解は模範的だった。そしてそれは、どこまでも根が真面目なハルキ相手だからこそ通用する。彼の性根がもっと意地悪く曲がっていたのならば、ハルキが提示しなかったヒカルという比較対象をユノが先回りするように言い訳に加えたことを穿った見方で掘り返しても良かった。同時期にやってきた2人の転入生、その内のアラタにだけ甲斐甲斐しくあることに、ユノもまた自覚的であること、その意味を問うことも出来たはずなのだ。けれどハルキには出来なかった。それが彼等の関係の健全さを如実に物語る証拠でもあった。
 数学の小テスト、範囲の三角関数がわからないと頭を抱えるアラタに、ヒカルはつい先日習ったばかりだと冷たく言い放った。サクヤは範囲となる教科書のページを教えて自分の勉強に取り掛かった。ユノはアラタの正面に立って「だから真面目に聞きなさいって言ったでしょ!?」と憤慨した。けれどハルキは彼女が余計な説教に時間を割くような愚鈍ではないと知っているから、クラス委員長としても、小隊長としても一切助け船を出さない。隣からサクヤが物言いたげな視線を寄越しても、問題ないと頷いて動かない。嘆くアラタと、肩を竦めるユノ。彼女は「仕方ないなあ」と勿体ぶってから一度自分の席に戻り、机上に置いてあったノートを持って再びアラタの前に立つ。

「ほら、取り敢えず授業でやったところだけ写して例題幾つか解きなよ」
「マジで!?サンキュー、ユノ!」
「わかってると思うけどお礼はあ、」
「――っ!ら、来月でお願いします…」
「オッケー、忘れないでね?」

 アラタの机に開いたノートを見せながら、ユノは笑顔で言い放つ。自業自得の災難を救って貰うのだから、見返りを要求されても仕方がない。具体的な内容を言わずとも通じたかのように応じるアラタに、ハルキは前科の気配を感じ取る。彼と同じように2人のやり取りに耳を澄ましていたサクヤが「またチョコレートパフェかあ」と苦笑した。ハルキも聞いたことがある、純喫茶スワローのチョコレートパフェ。確かユノがやけにお気に入りとして声高にその名を唱えていたのを聞いたことがある。そして軽々と手が出せない値段であることも遠巻きに知った。
 自分の小遣いが足りないなら他人に奢って貰うしかない。納得する反面、何故アラタが標的に何度も狙われているのか、またハルキの中に疑問が浮かぶ。パフェの値段を知っていればこの島の暮らしに馴れた生徒は余程の借りを作らねば自分の懐を寒々しくする返礼などしないだろう。その点、不慣れな新参者は標的として最適に違いない。そこまで推測して、ユノはそんなにあくどい人間ではないなと自分の予測をハルキは否定した。真面目に悩むほどの理由なんてないのかもしれない。
 けれどそれでも。
 アラタが転入してきた途端。休み時間、帰り道、食堂。隣にいて、前を歩き、背後に立って、すり抜ける。そんなワンセットの印象をユノに抱いたことがなかったものだから気に掛かる。よりによって、第4小隊の誰かではなく瀬名アラタ。善良と純粋故の問題児。ハルキとてアラタを嫌ってはいない。手を焼かされることはあれど失いたくない仲間のひとりだ。だが進んで面倒事を引き受けてやろうという気にはなれなくて、真面目さだけが先行して溜息が増える。ハルキはユノのようには、アラタの奔放さを叱ることも楽しむことも出来ない。真正面からばかり事態を受け止めようとするハルキには、アラタの考え無しは時に恐怖だ。
 そういう意味では、ハルキはユノに感謝するべきなのだろう。転入生で、右も左もわからない、かといってその場に留まらず思い付いた方向に突き進むアラタを窘めてくれる彼女に。そしてユノに結果としてたかられても、差し伸ばされた手を屈託のない笑みで掴むアラタも、彼女のこと悪くは思っていないのだ。

「――お似合いだな」

 ハルキの呟きは、騒ぎながらノートを写すアラタとユノには届かなかった。その代わり、小テストに向けて復習問題を解いていたヒカルとサクヤの鉛筆の芯がぽっきりと折れた。
 一体何を言い出すんだとハルキを振り向く2人をよそに、無情にも始業を告げるベルが鳴る。ノートはまだ、写し終わっていなかった。



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花開くように
Title by『弾丸』



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