コレと同軸で捏造過多






 絶え間なく流れる時間の中で、君が守った世界は果たしてその瞳に輝きを残しているのかと、そんなことを思った。
 見送る表情は晴れやかだった。澄んだ空を映していた。涙ぐむ寂寞を伴わない別れは帰り道に似ている。岐路はここにあって、立ち止まり、それじゃあまたねと手を振って。だけれどそのまたが訪れる普遍を、ジンはずっと昔に置き忘れてきてしまったかのような気がしている。バンはただ微笑みを湛えて、穏やかな波を喜んでいた。彼は船には乗れどもこのまま降りる。
 船旅はまだ経験がないなあと、純粋が滲む好奇心が呟いた。だけどそれは僅かに過去の回想を滲ませて、ジンには何とも言えないやるせなさをもたらした。体内時計は数日前から狂っていた。久しぶりの再会だとか、またすぐ訪れる暫しの別れだとか、相も変わらず生真面目に学生の本分とは離れたことに忙しいジンを労わる名目の元、夜更かしの連続だった。早起きが得意な面子ばかりでもないくせに、言い出しっぺは大抵目覚ましを厭う子どもらしさのままジンを歓迎した。その輪の中にバンもいたことは確かだけれど、彼はできるだけ、数日後には振らなければならない手の予行練習をするように、後腐れのない微笑みでジンを見つめるばかりだった。
 バンが踏む土を、ジンは離れる。観光ではないのだから、一緒にどうだいとは誘えない。船乗りでもなければ旅人でもない。それなのに一丁前な郷愁でバンを見つめるジンの寄る辺はいつからかどうしたってバンでなければならなかったのだ。手を引かれるように、手を引くように、視界に収めたバンの姿は横顔だったか、背中だったか。今はもう思い出の中で都合よく切り貼りすることだってできる。時間はいつの間にか過ぎる。楽しくとも、辛くとも、バンに出会った十三歳のジンはもういない。こうして向かい合っているのは、今や十八歳、大人になりきれないまま、子どもぶるわけにもいかない中途半端なジンとバンだった。

「メール待ってるよ」
「――あまり愉快な内容は送ってやれないと思う」
「ジンにそれは期待してないよ」
「そうか」
「あ、もしかして今の失礼だった?えっと、変な意味で言ったんじゃないよ?」
「変とは」
「うーん、ジンだから、別に写真付いてたり、ブログ的なメールを期待しているわけじゃないって意味だったんだけど」
「なら頑張ってみようか」
「いいって。返信に困るから」

 ああ、別れの挨拶みたいだとジンの胸は締め付けられた。バンは時折上空を飛ぶ海鳥に視線を浚われて落ち着きがない。それでも今は二人きり。新鮮な景色に飛び回り感激の度にバンの両サイドを固めて連れ回そうとするヒロとランはこの場にはいない。もう何年も、彼等と出会ってから発揮されていた見事なチームワークを必要とする物騒な事態は世界から遠ざかっていた。LBXはホビーとして人々の手に戻り、バンたちの元に帰ってきた。その日だけを目指して、駆け抜けてきた日々だった。
 それでも、物語は続いて行くものだから。ジンは旅立たなければならない。結局はただのホビーとしてだけ、そう終われないLBXから、ジンは離れることができないのだから。それを選ぶには、ジンはバンを想っていたし、バンからLBXを切り離して物を考えることも難しかった。しかしここ数日の、ジンを前にしたバンは努めて考えることそれ自体放棄しようとしているような、赤子のような無垢を取り戻そうとしているようだった。不可能だとは知りながら、いつの間にかの変化を受け入れながら、時折立ち返る過去はどんな風だったっけと、バンはジンとの距離を測りあぐねているようだった。昔話が得意ではないジンは、だから、何も言えない。

「――そろそろ降りないと不味いかな」
「どうだろう。あまり慌ただしさは感じないが」
「うん、でも長居しても仕方がないし、行くよ」
「そうか」

 仕方がないと、そんな言葉でバンはジンに背を向ける。無性に腹が立ったのは、その余所余所しさに、薄情に。ジンにもわからない。ただあまりに風情がないじゃないかと言い訳を誂えてバンの肩を掴んでいた。
 強引に向かい合った、その瞳に。欠片も浮かばない警戒心は、仲間という絶大な信頼の元に四年間何の成長も見せなかったようだ。はみ出した親愛を、別れを間際に晒すことの憶病を、ジンは今更と踏みとどまるわけにいかなかった。それでも、まるで異国の空気に被れてしまっただけのように唇が触れる箇所が、バンの唇ではなく頬だったこと。

「――ジン?」
「………」
「…メール待ってるよ。さっきも言ったけどさ、」
「ああ」
「――うん、待ってる」

 待っていることしか、もう出来ないのだと。バンは今度こそ行ってしまう。年相応よりは落ち着いた微笑みで、ジンを置き去りにしていく。旅立つ船の乗客はジンなのに、置いていくのは彼の方であるはずなのに、ジンにとってのバンはいつだって眩しく道しるべとして先を歩く。
 等身大のバンに抱くもどかしさと、油断すると進行する過去への美化はジンを迷わせるに及ばない。ただ開くばかりの現実の距離だけが恐ろしい。だから今は、自分からのメールを待っていると繰り返し言い聞かせてくれたバンの言葉を信じるだけ。

「それじゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「なるべく早く帰るよ」
「うん、そうしてくれると嬉しいよ」
「ああ」
「じゃあ、またね」

 今度は引き留めなかった。船を降りるバンを送ることも選ばなかった。ただまたねと寄越された言葉の重みを量るだけ。
 波は絶えず揺らめきながらも穏やかだった。旅立ち日和と呼ぶのだろう。まだ船は出ない。ジンの心は逸る帰郷の念を抑えきれず、望郷と愛しさを同一として小さくなるバンの背中を見た。いつかきっと、彼の元に帰ろうと、それだけが、ジンの旅立ちの記念碑となった。


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旅に連れてくのはただ一つだけ
Title by『ダボスへ』




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