※ジンバン←ヒロ


 ヒーローは潔い生き物だろうか。ありがちな物語の中盤から登場する敵の圧倒的な力に打ちのめされてこちらも新たな力を手に入れる為に泥と汗にまみれて足掻くことは意味があるとはいえ見苦しいことではないだろうか。世界中の誰でも良いから、そんな風に思っていてくれればいい。見苦しくとも貫くことに想いの本懐があるのなら、ヒロはまだ大丈夫だと己に言い聞かせて前を見ていられるから。決して自分に降り注ぐことのない愛を夢見ながら、現実に降り注ぐ愛の行く先を凛と見つめていられる。

「――バンさん」

 呼べば、足は止まる。振り向いてくれる、微笑んで名前を呼んでくれる。けれどどうしてか彼が通り過ぎた道を戻ってまでヒロの元にはやって来てくれない。それは、バンの隣で彼の腕を掴んでいる人がいるからだ。ヒロはそれを知っていて、バンが「どうしたの?」と言葉をくれるまでぼんやりと彼と、もう一人を視界に収めながら立ち尽くしている。
 ヒロがバンと出会った時、バンの隣には誰もいなかった。だから空いているものと思って、あっさり踏み込んでしまった。踏み込めていたと思っていた。バンは何も言わない。自分のことを語るのは得意ではないところは、案外父親と似ているのかもしれないとヒロは後々思ったほどである。尋ねれば答えてくれる。けれどそれ以上を望むには、二人には時間が足りなかった。世界中を飛び回る中、危機的状況が深めた理解と友情は過去を掘り返す必要性を僅かばかし与え、晒されたのは少しの傷痕。瘡蓋になりきらない生傷を癒そうとバンを抱き締めていたのは、生憎ヒロではない。

「――ヒロ?」
「バンさん…ジンさんと、お出かけですか?」
「うん、ちょっと最近二人とも外に出てないんじゃないかって拓也さんに放り出されちゃったよ」
「…そうなんですか」
「ヒロも暇なら一緒に行く?」
「バン君」
「ん?何、ジン」

 結局、バンに歩み寄れないままヒロは言葉をかけた。バンの肩越しにぶつかるジンの視線が優しかったことはあまりなく、剣呑に敵視されないだけ理性的な人だと寧ろ尊敬する。けれどバンと二人きりとなると途端欲望に忠実な一面が浮き彫りになって他者を歓迎しない意思はしっかりと周囲にまき散らされている。そんなぴりぴりと痛む空気を、バンには当てないでいるのだから大したものだ。ヒロはただ、気圧されたわけではないと意地を張っている。気を遣ってあげているのだと、だから諦めたわけではないのだと、真っ直ぐな瞳で訴える。どうしてジンには伝わるのに、当人であるバンには伝わらないのかわからない。言葉ではなく呼吸で合わせる気持ちのシンクロはどうやらLBXでしか発揮されないようだった。
 ヒロも一緒に出掛けるかと言うバンに、ジンは当然眉を寄せはしたものの真っ向から反対したりはしない。普段ならば、空気を読まない無邪気な振りをしていいのかと割って入ることに躊躇いはないのだけれど。今日は何だか意気地が足りない。そう、ヒロは息を吐いて小さくバンの申し出を断るように首を振った。その力ない仕草に、バンは元気がないと感じ取ったようでゆっくりヒロに近付いてくる。ジンは、その場を動かない。引き留めようともしなかった。違和感は、この場にいる全員が感じ取っていたのだろう。

「ヒロ?具合悪い?」
「…胸が痛いんです」
「え!?大丈夫なの!?」
「…たぶん、胸やけですよ。ほら、お昼ご飯食べすぎちゃったみたいで…」
「そうなのか?」
「だから大丈夫です!ちょっと横になれば良くなりますよ」
「じゃあ医務室まで送って――」
「いえ結構です!自分の部屋に戻りますから、お二人も早く出かけないと時間が勿体ないですよ」
「でも…」

 いくら促してもなかなかヒロの言葉を信じて離れようとしないバンに、徐々に喜びよりも焦りが勝る。唐突にバンの手がヒロの額に触れる。少し熱っぽいと益々心配そうにヒロを医務室に連行しようとするバンの厚意はどこまでも純粋だ。期待を抱くには何もない。だから、それでも触れた箇所に集中する意識が馬鹿みたいに思えて泣きそうになってしまう。
 ――ヒーローはこんなことじゃ泣かないんだ。
 ヒロの中で、都合よく働く魔法の言葉。唇を噛んで、つんと鼻の奥に広がった痛みの通過を待ってから、精一杯の笑顔でバンの背中を押してジンの方に押しやった。ジンはやはり、初めに立ち止まった場所から一歩も動いていないようで、もう少しバンを見習って心配する素振り位見せたらどうだと思わずにはいられない。半分は、冗談だけれど。

「ヒロ」
「何でしょう、ジンさん」
「土産でも買って来てやるから、温かくして寝ておくといい」
「………別に要りません」
「可愛くないな」
「ジンさんは僕のこと可愛いなんて思ったことないですよね」
「あはは、そうだね、ヒロは格好いいの方が似合ってるよ。な、ジン?」
「…そういうことにしておこうか」

 戻ってきたバンの手首を緩やかに自身の手で拘束して、それからジンは漸くヒロに声をかけた。予想外にも優しさを滲ませた声と内容につい斜に構えてしまう。恋敵の自覚を持ちながら、ジンは恐らくヒロを脅威とはみなしていなかった。それがわかってしまうから、年下というヒロの外壁は今にも崩れてしまいそうなくらい傷んでいる。
 何もわかっていないバンだけが、まるでヒロを擁護してくれているようで突き放していることに傷付くのは今更だ。けれどジンの口元に象られた微笑は、バンを独占している充足感からか、ヒロを突き放せる優越感からなのか。それは見抜かないことにした。だってヒロは体調が優れていないから。ヒーローにだって、休息は必要なのだ。想い人と恋敵を見送って、部屋に戻ったら真っ直ぐベッドに潜り込んで鋭気を養うのだ。そうして全快したら、また遠慮なくバンに纏わりついてやるから覚悟しておくといい。そんな、出来得る限り好戦的な瞳でジンを見上げてやる。ぶつかって小さく散った火花にもバンは気付かない。最後まで何度もヒロを振り返り、しっかり休むように言い聞かせるバンの気遣いに今度は素直に感謝して、お礼の抱擁をひとつ。流石に調子に乗るなとジンに引きはがされてしまったけれど、今のヒロには全力の攻撃を命中させることができたということで万々歳だ。
 潔く、諦められないことを認めてしまおう。出掛けていく二人の背中を見送りながら、ヒロはただ俯かないことだけを決めて、真っ直ぐに前を睨みつけていた。



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所詮人間ですから
Title by『弾丸』





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