コレの続き



「ついにこの日がやってきましたよ!」

 ひとり意気込んで机を叩き立ち上がるヒロを、偶々通りがかって見かけてしまったジンは奇妙な物を見る視線を向けるとそのまま通り過ぎて行った。その我関せずの姿勢を真顔のまま貫かれたヒロは若干ダメージを受けてしまったがそんなことでいつまでも落ち込んではいられない。今日はヒロにとってリベンジマッチを誓った大切な日なのである。
 一年前、ランに猫耳カチューシャの装着を迫られた記憶をヒロはまだありありと昨日のことのように思い浮かべることができる。見事にヒロの髪色と同じ色の猫耳は、バンへの懐きによって結果ランの頭に収まった訳であるが。つまりバンがその場に現れなければ恐らくは力尽くというヒロとランにとって最も彼女を有利にする方法で以て彼の頭に装着させられていたであろうことは明白だ。それを思うと未だに恐怖で背筋が凍る。何が恐ろしいって、一年経ってもその力尽くという強硬手段が二人にとって最有力であるという事実である。LBXの実力は一年前から二人とも格段に成長したものの、体力という面ではヒロはあまり成長していない。元より鍛え方が違うからねとランには一蹴されている。
 しかしされるがまま負けっぱなしを受け入れられるほどヒロは大人しくなかった。ヒーローに憧れるだけあって、自分が男子であることの自覚は確固としていた。別にランが女の子なのにという差別ではなく、自分は男の子であるのにという不甲斐なさを叱責するだけの自意識は咎められるものではないだろう。咎めるべきは優れた集中力を発揮するあまり物事の脱線をいち早く察する視野の広さを失うことくらいだ。そして現在進行形で、ヒロの行動は一年かけて辿り着いた脱線の終着駅を探索している状態なのである。その手に握られた猫耳カチューシャが何よりの証拠であり、普段CCMやLBXを持っているヒロにより奇妙な雰囲気を纏わせていた。

「今年は僕がランさんにこの猫耳カチューシャを押し付ける番なんです!」
「……あー、何か去年ランが猫耳カチューシャつけてたような…あれ、ヒロは別につけてないよね」
「はい!だって僕なんかが猫耳つけても可愛くないですよ」
「………」
「バンさん?」
「いや、ランがつけてたら可愛いってヒロは思うんだって、ちょっと驚いた」
「何言ってるんですかバンさん!問題はそこじゃありませんよ!」
「え?そう?」
「そうですよ、それじゃあ僕はランさんを探さないといけないので失礼します」
「うん、気を付けてね」
「はい!全力でやり遂げてみせますよ!」
「…大丈夫かなあ」

 ランの髪色に合わせて赤い猫耳カチューシャを持ちながらNICS本部内を歩き回るヒロは完全に浮いていた。しかしあまりに本人が真剣な顔をしていたので注意することもできずにいた所を偶然バンと出くわしたわけであるが、ヒロの主張はバンを混乱させた。一年前のリベンジだと意気込んでいることはわかった。その日の記憶はぼんやりとバンにも残っている。だからって、あんな鬼気迫る表情で女の子に猫耳カチューシャを押し付けるなんて相手の反応次第では変態の謗りを免れない危険行為である。ランが相手ならどうだろうと想像して、謗られるよりまず殴られるだろう。それはそれで危険だと思うのだが、バンにヒロを止めることはできなかった。もし本人は暴走して自覚がないのだとし ても、やはりヒロがランを可愛いと自覚する要素があるのならば放置しておいた方が好ましい。これはバンの意見というよりも、彼の幼馴染の意見である。可愛い後輩たちの恋路を娯楽にするつもりは微塵もないが、その恋路がしょっちゅう脱線して自分たちに衝突事故を起こすものだから、バンを含む仲間たちの大半はこうしたヒロとランのやりとりを痴話喧嘩と認定して深入りしないようにしている。そして出来るだけさっさとくっつけよと投槍に見守っている。

「まあもう暫くは無理かなあ…」

 そんなバンの呟きはもうヒロの背に届かない。

「見つけましたよランさん!」
「ヒロ?…って何それ」
「猫耳カチューシャですよ」
「はあ、何でまたそんなもの真顔で持ち歩いてるわけ?変な目で見られなかった?」
「ぐっ…去年公衆の面前で僕に猫耳カチューシャ突きつけたランさんにだけは言われたくありませんでした…」
「見られたんだ…」

 去年自分がヒロに迫った勢いをすっかり忘れてしまったランの正論は彼の胸を的確に抉った。薄々、せめてランに会うまでは猫耳カチューシャは袋か何かに仕舞っておけば良かったのではないかと感づき始めてはいたのだ。ただこういうことは勢いが肝心だから、立ち止まることを敢えて見送っただけの話。それをさも愚かしいと指摘されてしまえば反論なんて浮かぶ由もない。せめてもの抵抗は、この猫耳カチューシャをランに押し付けることだけだ。

「これ!去年はランさんが僕に猫耳カチューシャ押し付けようとしたんですから今年は僕がランさんに贈ることにしたんです!」
「ヒロが?私に?」
「さあ、どうぞ!」
「いいよ?」
「――へ?」

 予想外の快諾に、ヒロは虚を突かれ猫耳を差し出したまま硬直する。一年前、ランに自分でつければいいと言った際、こめかみが痛くなるからいやだと拒まれたので今回も嫌がられると思っていた。それを見越してのリベンジであったのに、ランは逆にヒロの意気込みが不思議で仕方がないと首を傾げている。

「……ランさん、猫耳好きなんですか…」
「え?別に普通だけど…そうだ、一年ぶりだからまたバンに見せてこようかな!」
「ランさんの馬鹿ぁ!」
「は!?ヒロ!?」

 ヒロのこの日に対する意気込みをどこまでも打ち砕くランの言動に、とうとう耐えきれなくなったヒロは猫耳カチューシャをランに押し付けて走り去ってしまった。声が震えていたがまさか泣いていたのではあるまいなとランは呆然と彼が去った方を見つめる。それからヒロが用意したカチューシャを見、その毛色が自分の髪色とお揃いであることに笑みを浮かべる。

「しょうがないなあ、」

 猫耳カチューシャを装着して、一先ずバンに見せるよりもヒロを探す方を優先することにする。此処でもヒロを捕まえてから装着すればいいものを、ヒロに渡されたという質を持つランはお構いなしにNICS内を歩き回った。結果、暫くの間ヒロは好きな子に猫耳を装着させるという趣向を持った少年と噂されることになるのである。



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人生は玩具じゃない(2)
Title by『にやり』



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