バンは意外にも早起きだった。意外と前置くのは、いつだってジン以外の仲間たちだ。幼馴染や親友の口から飛び出す昔話を聞く限りでは、寝坊して違う学年の教室に飛び込んでしまったこともあるくらいだから、きっと今でもそんな風に朝は布団にしがみついてばかりいるものと大半が思っていた。繰り返すが、それはいつだってジン以外の誰かだ。
 同じベッドで眠ることに微塵も疑問を抱かない。そんな二人は毎晩揃ってベッドに入る。それから読書をすることも、LBXのことで語り合うこともある。時々は熱を孕んだ瞳で見つめ合って、息を潜めて抱き合う夜もあった。枕元に置かれた橙色の明かりを灯すスタンドライトが、天井に備えついている強烈な白い明かりの下で身体を重ねることをバンが嫌がったからわざわざ購入したものだということは、やはり二人以外の人間は知らないこと。それから、毎晩翌朝の為に目覚ましをセットするのはバンの仕事。それはジンが起きる時間であることと同義で、どちらかが寝坊すれば道連れでもうひとりも寝坊するということ。だから、ジンが寝坊助の称号を得ない限り、バンだってまた同様だということをジンだけが知っていた。

「明日も今日と同じくらいで良いかな」

 隣から掛かる声に、ジンは読んでいた本に栞を差し込んでから顔を上げた。そんなことをしなくとも、声だけで意見を述べればいい距離だということは理解している。下手に自分の行動を中断すればバンが申し訳ないと眉を下げてしまうことも。けれど単にジンがバンの顔をしっかりみて会話したいという動機を排除することもできないのだから仕方ない。その辺の妥協はバンにお願いしている。
 目覚まし時計を手にジンの答えを待つバンを前に、今朝は何時に起きたかを思い出そうとする。朝日の眩しさは直ぐに瞼の上に思い出されるものの正確な時刻が浮かんでこない。手を顎に添えて考え込んでしまったジンに、バンは目を丸くして何をそんなに真剣な顔で悩むことがあるのだと問い直してくる。ジンとしては普段通りの顔をしているつもりだったのだが、バンにはそう映らなかったらしい。自分の眉間を指差しながら言葉足らずに伝えてくること、きっとジンの眉間に皺が寄っていたというのだろう。無意識だったと、今はもう寄っていないであろうそこを解す様に指で押さえる。バンはおかしそうに笑いながら「目覚まし、今日と同じで良いよね」と自己完結で時計を枕元のライトと同じテーブルの上に戻すとあっさり肩まで布団を被ってしまった。どうやら今晩の彼はもう就寝する気でいるらしい。それならば、とジンも本を手放してバンに倣って横になる。

「あれ?ジンももう寝るの?本は?」
「だってバン君は寝るんだろう?」
「うん、何か今日は疲れちゃってさ、でもジンはまだ眠くないんじゃない?構わないよ、俺明るくても寝れるし」

 だが明るいと脱ぐのは嫌だと君は言うんだろう。揚げ足を取るように思い浮かんだ意地悪な言葉をジンは呑み込んだ。電気を消さないことには、情事を匂わせるような言葉を発することにもバンは顔を赤くして怒ることをジンは何度となく経験して知っている。ジンにはバンと二人きりでさえあればどうということもないのだが、バン曰く「ジンがしれっとそんなこと言うタイプとは思わなかった」んだとか。
 ――とんでもない!
 そんな否定の語は飛び出さないが、ジンだってバンを好きになるまでは知らなかったのだ。自分がこんな真正面から誰かにぶつかっていける日が来るなんてこと。バンは卑猥だとか騒いで人前で言っちゃいけないだとかジンを咎めるようなことだって目を見てはっきり言いたい。
 ――好きだ、抱きたい、キスをして、甘やかして熱に塗れたら君の全部は僕だけのもの!
 高らかな宣言は某大統領の平和記念演説みたく拍手喝采を求めてはいないけれど。理解と尊重はして頂きたい。脅かされても打ち破るだけの愛を抱いて、ジンはバンの全てを抱き締める。同じベッドの近しさは、本当はまだまだ足りないよとジンを我儘にしようとする。二人きりという条件だけでは駄目だとバンが言った。だから従うふりをして、時々そのラインを自分に甘いように書き換えて跨いでみたりもする。怒られれば大人しく引き下がろう。だってバンが用意してくれたのだから。ジンが好き勝手に彼を愛せる条件を。同じベッド、布団を被って電気を消したら、その後の支配権はジンにあるということと同義なのだ。
 けれど今夜はバンの疲れちゃったとの言葉をしっかり耳に刻んでいたので大人しくしていよう。大人しく、バンを引き寄せて抱き締めて眠るだけにしておこう。

「――ジン?」
「明日の朝は何時に起きるんだっけ?」

 抱き合って眠ることにはまだバンは慣れていないけれど、珍しいことでもないから抵抗はしない。場を繕うジンの言葉への返事は「今日と同じくらい」で、それでは時刻は伝わらないことをバンは知らない。それに何時だって構わないのだ。どうせ予定が入っているわけではなくて、厳守すべきは朝食の時間だけ。それだってバンと微睡んでいられるならばジンは排除してしまえるのだろう。耐え性がないのはバンのお腹の虫の方。

「目覚まし鳴るんだから、あんまり気にしないで大丈夫じゃない?」
「うっかりセットし忘れるということもありえるだろう」
「さっき目の前でセットしたじゃん」
「でもバン君は夜に激しくし過ぎると目覚ましが鳴っても全然起きない時がある」
「わああああもううるさいよジン!」
「別に良いだろう?二人きりで、電気も消したんだから」
「――!俺今日本当に疲れてるんだからな!?」
「わかっているさ」

 直ぐに手を出すとは思わないで貰いたいのだが、明かりを消した途端饒舌なジンにバンは顔を顰めていることだろう。暗がりに慣れない瞳はその表情をしっかりと捉えることはできないけれど、そんなこと見なくともわかる。

「何もしないから、今日はこのまま寝よう」
「えっ、このまま?」
「うん」
「大丈夫かなあ」
「寝相のことなら全く問題ないだろう」
「…ジンがそういうならいいけど」

 ジンの言葉を咎めたり、あっさりと受け入れたり信じ込んだりとバンは忙しい。全部自分に関わっていることだと思えばそのどれもが微笑ましく思える。
 抱き締めた腕は緩めないまま、顔だけをお互い見つめ合う距離に置いてジンはバンの頬にキスをした。これから眠るというのに段々と慣れてしまった瞳は、恥ずかしそうに瞳を潤ませたバンの顔をしっかりと見つけてしまう。途端に揺らぎだす今晩は平穏にという誓いを必死に支えてジンは自分に言い聞かせるように「おやすみ」と告げた。間を置かず返るバンからのおやすみ。
 腹を括ってしまえばバンは何も言わずジンに抱き締められたままあっさりと瞼を降ろした。きっと数分後には規則正しい寝息を立て始めるのだろう。それを見届けてから、ジンは漸く目を閉じるのだ。
 好きな人と一日を終えて、目覚めれば一番にその人の顔を見て新しい日を始める。そんなことが、ジンにはもの凄いことのように思えた。きっとこれを幸せと呼べなければ、バンに何を求めていいのか悩んでしまう程に。
 明日の朝、今日と同じ時刻に鳴る目覚まし時計を止めるのはバンだろう。前夜に事に及ばなければ大抵の朝はそうだから。バンの眠りがいつもより深い時だけジンがバンを起こす。これが習慣。
 だからこれからも、バンは意外と早起きなのだ。隣でジンが一緒に眠っている限り。



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Title by『ハルシアン』





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