※ミゼル編ネタバレ含



 弟妹が欲しいと思ったことはないんです。僕の世界は存外閉じていて、その扉を開く鍵はいつだって戦士マンでした。友だちがいなかったわけではなんですけど、やっぱり僕は子どもですし好きだと思うものばかり執着していました、というよりも優先させていました。誘われれば遊びに出掛けたりもしましたけど、自分から声を掛けて遊ぶことは少なかったような気がします。少なくとも僕の周囲には戦士マンを好きな人はいなかったので。他人の目は気にならないといったら嘘になりますけど、幸い力尽くで僕を従わせようとする嫌な人もいませんでした。尤も悪に屈する僕ではありません。理不尽に人の自由を奪おうとする輩がいたならば、きっと僕は立ち向かい正々堂々と打ち破っていたことでしょう。戦士マンに魅入られたあの日から、ヒーローになる意思を曲げたことも失ったこともありません。
 好きなことにのめり込んでしまう具合は、最近ではよく母親似だと言われるようになりました。確かにそうかもしれません。だからこそ一年も帰らないお母さんを応援出来ました。母子であることに加え、好きなことが出来る喜びへの理解も多分にあったんでしょう。僕も戦士マンのこととなるとつい熱くなってしまうことはご存知ですよね。他人がどう思うかよりも、自分の興奮をどう伝え表現するかばかりに気が向いてしまうんです。いけませんね、押し付けるつもりは微塵もないのにもう反射と習慣がごちゃ混ぜになって僕に染み着いているんです。戦士マンは本当に素晴らしいんですよ!つまらないとか無駄だとか、そんな話は一話たりとも存在しません。どの話にも人々に訴えかけるものが―――危ない所でした。また我を忘れて語り続ける所でしたよ、すいません。で、何の話でしたっけ。ああそうでした、弟妹を欲しいとかは思いませんでした。確かに留守番はひとりぼっちでしたけど、僕は僕なりに充足した時間を過ごす術を知っていました。お母さんが担うスペースを埋めることは出来なくて、だから寂しさは拭えません。でもそれは代替品で埋められるものでもなければ埋めて良いものでもありません。僕が大空ヒロで、大空遥の息子である限りずっとこのままで構わない。それが僕の抱える僅かな孤独です。お母さんから任されたあの部屋は僕にとって自宅であり指令室であり城でした。何人にも犯されず守り抜くことが僕の役目です。だから僕は誰かを家に招いたことが殆どありません。だってどこから情報が漏れて敵に攻め込まれるかわからないじゃないですか!何て冗談です。単に招く理由がなかっただけですよ。
 ええと、また微妙に話が逸れましたね。弟妹の話です。僕は欲しいと思わなくても、そもそも世にはびこる兄弟姉妹というものは望んで得るものではありませんよね。中には弟妹に限って無邪気に両親に強請ってきっかけを生むくらいは有り得るんでしょうが兄姉は望んでも手に入りません。血の繋がりを度外視して両親の繋がりも解けばわかりませんけど。
 兎に角、僕にとって家族はお母さんだけでした。それだけで、何の不満も不足もありません。お母さんに弟妹が欲しいと訴えたことも、僕の記憶に残る限りでは一度もなかったと思います。僕にとって家族はお母さんひとりで、お母さんにとっての家族もまた僕だけなんだと思っていました。――でも。
 そうです。あの時、パラダイスでアダムとイブを停止させた時。彼等はお母さんを、大空遥という人を僕と同じ目線で見て、呼んでいました。お母さんと。人工知能というプログラムが死を認知し自分たちの存在を命として自覚する。そうなれアダムとイブを生み出した科学者は確かに母親という位置付けになるのかもしれません。つまりそれは――大空遥をお母さんと呼ぶことは彼等が僕の弟妹に当たるということですよね。あの人間とはかけ離れた立体映像に家族としての情を抱いたわけではありません。ただ、あの電子音声が最後に発した一言を思い出す度にあれは僕の弟妹だったんじゃないかって考えが過ぎるんです。そうすると、映像ではなくアダムとイブという存在がただ僕の中に蘇って来るんです。 消してしまったことが惜しくなったとか、寂しくなったとか、そういう意味じゃないんです。ただ、何でもっと早く気付けなかったのかなって、後悔っていうほど強烈な気持ちじゃありませんけど、思っちゃうんです。
 だけど最初からアダムとイブが僕の弟妹だと思ってしまっていたら、ひょっとしたら僕は気持ち穏やかではいられなかったでしょうね。だってそうでしょう、同じ子どもなのに彼らはお母さんに手塩にかけられて僕は日本で留守番なんて不公平じゃないですか。生まれてからの年月が違うから、比率ではまだ僕が勝ってるとは思いますけど。世の年上たちは大抵言われているそうですよ。お兄ちゃんなんだから、お姉ちゃんなんだからって。僕は最後まで言われませんでしたけど。まあお母さんが僕と彼らを同列に肉親と結びつけているかはわかりません。聞く予定も今の所ありません。もう済んだことですから。仮にお母さんがいつかまた人工知能を作り上げたとしてもそれはもうアダムとイブではないでしょう。彼らは命になりました。一度消されてしまった命は二度と戻らない。だからこそアダムとイブはきっと尊く僕の胸にその存在を残している。話したことも触れたこともない凶悪で無垢な僕の弟妹は、あの日確かに死んだんです。
 これはきっと行き過ぎた感傷なんでしょうね。たぶんこのままじゃあ僕はミゼルにも肉親の情を向けかねませんから。間違ってはいないと思います。彼もお母さんをそういう風に呼びましたから。でも弟妹よりは遠い関係だから、大丈夫かな。肉親が敵に回る展開だってヒーローには付き物ですからね。そもそも葛藤するまでもなく僕は世界とLBXを救う為に戦う覚悟は決まっています。
 何度も言いますが、僕は弟妹を欲しいと思ったことはありません。お母さん以外の家族を望んだことも。だけど、弟妹が出来るならそれは素直に嬉しかったのにって、彼らのことが愛しく思えてしまうのは悪いことなんかじゃあ、ありませんよね?



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さよならに記す
Title by『告別』




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