「ヒロは絶対これ似合うと思うの!」

 休日に突然呼び出されて、一人ではあまり利用しないコーヒーショップに腰を落ち着けて数分。にっこりと効果音を添えたくなる笑顔で言い放たれた言葉にヒロはひきつった笑みで応えた。返答として相応しい言葉が全く浮かんでこない。だが口ほどに物を言うらしい視線は明らかにドン引きの四文字を表しており、ランが輝かしい笑顔で手にしているものを凝視していた。
 猫耳カチューシャ。しかも毛色が絶妙にヒロの髪色にマッチしているのが小憎たらしい。あまり公衆の面前で取り出して欲しくはないなあというのがヒロの正直な感想だ。挙げ句装着を求めるとはそこまでの切り込みの素早さは流石ランだど感心せざるを得ない。ならば自分も持ち前の反射神経を活かしてこの場を切り抜けなければなるまい。
 ――見ていて下さいバンさん!
 何故バンに誓いを立てたのか自分でもさっぱり理解出来ないが一方的かつ脳内の独り言とはいえ誓いとか、ラスボスに立ち向かうヒーローみたいで格好良い。だからこれで良いのだ。
 店内の、屋外に面した窓際での静かな攻防。ショッピングビルの二階に位置するこのコーヒーショップが一階なんて外からの目線に晒される場所でなくて本当に良かった。丸テーブルを挟んで向かい合って座っている以上、いきなり頭に猫耳カチューシャを着けられる可能性は低い。ランも猫耳をヒロに両手で差し出して以降は何の動きも見せていない。ヒロならば快くそれを受け取ってくれると信じて疑わない無垢な眼差しが煌めいている。だが、猫耳カチューシャを手にしている時点でその無垢さがまず怪しい。
 ――確かに僕にオタク気質があるのは認めるけど猫耳とかメイドとかそういうのに萌えるとかの類じゃないんだよなあ。
 仮にそんな類だとしても猫耳を着けることに嬉々とするオタクなんて聞いたことがないし男としてのささやかなプライドが邪魔をする。
 何より、ヒロが装着するよりもランが着けた方が可愛らしいだろうに。確かに彼女の赤い髪色には猫耳の青黒い色は交わらないけれど激しく浮き立つ程のミスマッチとは思わない。いつも通りポニーテールに結われた髪を下ろせば一層。これでメイド服なんて着てくれたら完璧かもしれないと思い始めた所でこれでは此方が只の変態ではないかとヒロは正気に戻った。普段明朗かつ勝ち気な印象のランのメイド姿は興味深いけれど、それを脳内で繰り広げるのは良くない。彼女にも、自分にとっても。

「ランさんは…えーと、僕にそれを着けて欲しいんですかね?」
「うん!だって絶対ヒロに似合うと思ったの!」
「男の僕が着けるよりランさんとか女の子が着けた方が似合うと思いますけど!」
「駄目!カチューシャって昔からこめかみ痛くなるから嫌い!」
「えええ?」

 だったら御自分の女友達を適当に見繕って楽しんで下さいよとは言えない。反射神経など活かせる場がない。このまま防戦一方となれば彼女の押しに負けて猫耳カチューシャを装着することになりそうだ。だがそれはあくまで最悪の結末。最後まで諦めないのがヒーローの在るべき姿。
 ――僕はやりますよバンさん!
 またしてもこの場にいないバンに謎の誓いを捧げ、目に強い輝きを灯しきっと真正面からランを見据える。打倒猫耳。絶対に負けられない。ヒロには予感がある。猫耳と共に強いられる猫の鳴き真似。にゃあ、なんてやはり男が恥じらいながら鳴こうとも全く萌えない。男なら目指すべきは男らしいヒーロー一択。正直いつもならランの益荒男ぶりにときめくヒロインポジションに据えられてしまう日も近いのではと内心冷や汗をかいているため尚更この場は譲れない。

「もー、早く着けてよヒロ!」
「こっ、こういう公共の場でそういうのを着けるのは良くないんじゃないでしょうか!」
「ええ?何で?」
「何でって、良いですか?猫耳カチューシャひとつとはいえそれはコスプレに含まれると僕は思うんです。となるとやはり大事なのはTPOです。所構わずコスプレする人間なんてオタクの敵ですよ!善良なオタクすら公衆の非難の的に引きずり出す悪質な行為なんです!ひっそりこっそり活発に!それが僕のポリシーです!」
「ヒロ…何言ってんの?」

 自分の専門分野でないとはいえオタクみな兄弟。ではないが一般常識ならぬオタク常識としてうっかり熱弁を振るってしまったヒロをランは訝しげに見つめている。顰められた眉は徐々に彼女が痺れを切らし始めていることを如実に示していた。

「良いから黙って着けなさいよ!」
「うわあああ助けてバンさん!」
「何でそこでバンが出て来るのよ!」
「俺が何?」
「「え?」」

 あっさりと我慢の限界を越えたランが防波堤とも呼べたテーブルに身を乗り出して、彼女の十八番力尽くに訴えかけた時、救いとも取れる声が掛けられた。反射的に停止したヒロとランは揃って声の方向を向く。するとそこには二人が敬愛して止まない山野バンがキャラメルフラペチーノを片手に立っていた。
 何故彼が此処にいるのかと疑問で膠着してしまった二人を尻目にバンは状況を把握しようと視線を巡らし、直ぐにランの手にある猫耳カチューシャに気付いた。そうしてよもやそれを男であるヒロに装着させようなどとは思わないバンはやはりそれはランの物だろうと目星を着けてしまった。まあ、間違ってはいない。

「それ着けるの?」
「え!?えっとこれはその…!」
「ラン似合いそうだよね。その猫耳カチューシャ」
「ほんと!?」
「ん?うん」
「ちょっとランさん!何ですかバンさんが来た途端!貴女さっきまで僕にそれ着けろって迫ってたくせに!」
「え?そうなの?」
「うっさい!バンが似合うって言ったんだからこれは私が着けるの!」
「何ですかそれ!横暴ですよ!」
「まあまあ、ヒロは猫っていうか…犬っぽいし、ここはランに譲ってあげなよ」
「…バンさんがそう言うなら…って別に僕は猫耳を着けたかった訳じゃないですからね!?」

 店内で騒がしくしてはいけないとは思いながらも急な展開の変化に思わず声が大きくなる。バンによる鶴の一声によってあっさりと態度を翻したランは手にした猫耳カチューシャを装着してバンに似合うかと執拗に尋ねている。それに対してバンもあっさりと頷き似合ってるとランの頭に手を置いて微笑んだ。それと共に喜色に染まるランの横顔を見つめながら、若干の置いてけぼりを食っているヒロは心の中で憤慨し声にならない声で叫んだ。
 ――猫耳ランさん可愛いいいい!じゃねえ納得行かねええ!
 果たしてそれは尊敬するバンを独り占めされていることに対してか。わざわざ休日にまで呼び出しておいて今更自分を放置しているランに対してか。今のヒロには気付きようがなかったけれど。
 バンに褒めて貰えるなら、ごねずに猫耳くらい着けてしまえば良かったと少し後悔してしまったことだけは絶対に秘密だ。


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人生は玩具じゃない
Title by『にやり』


精一杯のギャグだよ!





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