※微ヒロラン要素有 物のように扱われていた時期が過酷過ぎた所為なのか、灰原ユウヤの感覚は他人と数テンポずれこむことがままあった。トキオブリッジの崩落事故の後、寂しさのまま泣きじゃくり両親を呼び続けた感情と行動の直結も今となっては懐かしい。落ち着きがあるといえばその通りだが、一度ごっそり失ってしまったものを再度構築し直しているといった方が正しかった。そうしている内に最近では明朗な表情を見せる回数も増えていた。しかしユウヤ以上に感情表現豊かな人間が仲間内に多すぎるので、どうしても大人しい部類に属しがちではある。 その日もユウヤはジオラマを囲んでLBXで勝負を繰り広げるヒロとランの様子を一歩引いた場所から眺めていた。アスカやアミ、カズたちはその勝負をヒロ達と同じようにジオラマを囲み至近距離から応援したり愛のあるヤジを飛ばしたりしていた。ジンとバンは次に勝負する順番を確保しているらしく、それぞれ自分のLBXの整備をしていた。賑やかな声も届いておらず、すっかり集中してしまっている。ユウヤはそんな彼等の中間地点に立つように交互に視線を廻らせていた。盛り上がりを見せる勝負に途中から声を掛けるのも野暮というものだし、別に勝負するかを置いておいても機体の整備は欠かせないのだから自分もリュウビのメンテナンスでもしようかと思い始めた矢先、部屋の自動扉が開いて一拍、ユウヤは突然名前を呼ばれて大袈裟に肩を震わせてしまった。入り口には、そういえば部屋にはいないなと思っていたジェシカが立っていた。 「ユウヤ、暇ならちょっと付き合ってくれる?」 「え?どこに?」 「買い物よ!支度は二分で頼むわよ!」 言い捨てて、ユウヤの返事は待たずにジェシカはさっさと踵を返して出て行ってしまった。呆気に取られて室内を見回してみると、ヒロ達はジェシカがやって来たことにも気付いていないのか相変わらず白熱したバトルを繰り広げているらしい。ギャラリーたちも同様だ。次いで反対側を見ると、ユウヤと同じように状況を把握しきれないジンとバンが作業の手を止めてユウヤの方を見ていた。視線がかち合って、二人して口元を微かに綻ばせて、言う。 「いってらっしゃい」 だからユウヤは反射的に「いってきます」と呟いて、大人しくジェシカの要求を飲むことにした。部屋を出た瞬間から、ユウヤは慌てて出掛ける支度を整えた。財布とCCMとLBX。後ろ二つは既に手元にあったので、あてがわれている自室に戻って財布だけをズボンのポケットに押し込んで建物の入り口まで走った。ジェシカはもう待っていて、腕を組んだ立ち姿に思わず指定された二分をオーバーしてしまったが故の怒りのポーズなのではと勘繰ってしまう。しかしユウヤが駆けてくることに気付いたジェシカは「ぎりぎりセーフね」と呟くとさっさと歩き出してしまう。 ジェシカの言う買い物とは、食料や備品といったNICSに関係のある類の話ではなく単純にジェシカの気晴らしの為のものらしい。 「それならラン君を誘えばよかったのに」 「あの子はヒロとお楽しみだったじゃないの」 「そうだけど…。買い物だって誘えば喜んだんじゃないかな」 「もう!ユウヤは何にもわかってないわねえ!」 「ええ?」 市街地へ向かう地下鉄の中、ジェシカはユウヤの意見が全く的を射ていないと呆れ半分に笑う。もう半分は、その鈍さがユウヤらしさだという慈しみ。喜んでいいかはわからないが、ジェシカの言葉の意味を正確に汲んでやれないことに対して彼女は全く怒っていないということは伝わってきて、ユウヤは内心でほっとした。対人関係のスキルを身に付けるべき時期をふいにせざるを得なかったユウヤは、他人の気持ちを推し量る点に於いてどうにも自信がなかった。そもそもそんなことを意識してしまうほどに、自然な関係というものを知らなかった。段々とNICSの仲間内であれば気兼ねない距離を保ち縮めることも出来るようになっているけれどふとした瞬間に不安になる。特に異性間の会話など全く経験も知識も乏しかった。恐らく今のジェシカの言葉もそういった類のニュアンスを含んだものだったのだろう。ユウヤにはよくわからない。 ユウヤの聞いたことのない駅名を車内アナウンスが告げる。ジェシカは「降りるわよ」と席を立つ。彼女の後に続きながら、慣れた様子ですいすいと駅のホームから改札へと進んでいく姿を万が一見失わってしまわないように留意する。連絡を取り合うことは簡単だけれど、一時でも迷子になってしまうというのはどうにも年齢的にもう気恥ずかしかった。 「ジェシカ君はよく此処に買い物しにくるの?」 「ええそうよ?好きなブランドの店が結構近くに固まってるから便利なの。この間はランとも来たのよ」 「そうなんだ」 「女物の店が多いから、私と一緒じゃないとユウヤ浮いちゃうわよ?はぐれないでね」 「う…、うん」 「あら、冗談よ」 ユウヤの怯えたような反応が予想外だったのか、ジェシカは安心させるように冗談だと言ってくれたけれど。そうは言っても女物の店が密集していることは嘘ではないらしく、ならば結局ジェシカの言葉は冗談ではなく真実だろう。女物の、しかも洋服店が並ぶ一角にユウヤがひとりぼっちで放り込まれても所在がない。絶対にはぐれないようにしよう。決意新たに拳を握るユウヤに、ジェシカは今度こそ呆れたと溜息を吐いた。 そもそもどうして男の自分を買い物に付き合せるのかをユウヤは聞かされていなかった。目当ての店に向かう途中、「僕は何をすればいいの?」と尋ねると「私が試着した服に対して思ったことを言ってちょうだい」と難題を課された。恋人同士であれば頻繁に、容易く交わされるやりとりなのかもしれない。しかしユウヤにはそれは何か正解がある問題を出されたのかと勘違いするものだった。洋服に対する意見など述べたことがない。ましてや女物の洋服にならば述べる以前に意見を持つことも殆どない。任された大役を果たすことが、自分に出来るのだろうか。ユウヤは少しだけ、脇腹を押さえ帰りたいと思った。 ユウヤの使命は見事ではなかったが無事果たされた。ジェシカが試着した衣類の数など知る由はない。最初はまごついて何も言えずにいた彼に構うことなく「じゃあこれは?」と次々に衣装替えを繰り返すジェシカにユウヤも段々と「さっきの方が似合ってた」等々無難な言葉を吐きだすことに成功していた。結果、それはジェシカからすると充分及第点だったらしい。恋人でもなく、女の扱いに長けているわけでもないユウヤにそもそも過大な期待は抱いていないらしい。ならば何故連れてきたのだと問い詰めたいが、慣れない店の雰囲気や匂い、店員の微笑ましいと言わんばかりの視線、ジェシカが着替えている間の気まずさが与えた疲労感は途方なくユウヤの肩に降りて来ていた。 お礼に奢るからと足を運んだコーヒーショップで、柔らかい椅子に腰を落ち着けてからユウヤは背もたれに沈み込み動かない。丈の低い円卓を挟み真正面に座るジェシカの椅子のサイドには大量に買い込んだ洋服の入った紙袋が幾つも置かれている。それでも厳選した方なのだから、女の子の買い物とは重労働なのだと初めて知った。此処にランもいたら、自分はきっと物を考えることも出来ないくらいに撃沈してしまうに違いない。 「今日はありがとうね、ユウヤ」 「――どういたしまして」 「ふふ、女の子の買い物に付き合うのは初めて?」 「うん、大変なんだね女の子って」 「そりゃあそうよ。男の子って、女の子が可愛く着飾ることをさも当然の様に思っているからね」 「……そうかな」 「可愛く着飾った姿で生れてくるわけじゃないんだから、もっと努力まで評価してもらいたいわよね」 「えっと…ごめん?」 「ユウヤのことじゃないわよ」 確かにユウヤは誰か女の子に可愛い姿でいてくれるよう求めたことはないけれど。ジェシカの物言いが男の子と広範囲に設定されていたので、一応まごうことなき男の子であるユウヤは彼女の要求を受ける立場にある気がしたのだ。 それにしても、ジェシカの言い草では今日こうして沢山の服を買い込んだこと。その服で自分を着飾ること。それは誰か特定の男の子の為にしていることなのだろうか。普段ならば気にも掛けないことだけれど、疲労で回転の遅い頭はつい彼女の言葉に引きずられて思考を開始していた。もしそうであるならば、ジェシカは男女の機微に右も左もわかっていない自分よりも、その男の子の好みに合わせた服を買った方が良かっただろうに。 「何か…ごめんね」 「――?何故謝るの?」 「えっと、もし今日買った服がその、男の子に…不評だったりしたら、ごめん」 「………ユウヤって、記憶力は良くない方なのかしら」 「…え?悪くはないと思うけど?」 「興味がなければ頭は働かずってことね。…ねえ、知ってると思うけど、私は一度見た物は忘れないのよ」 「うん、知ってるよ」 「だからね、一度着て脱いで、それを何度繰り返したって、貴方が似合うって言ってくれた服を私は忘れないの」 「―――、」 「ほんと、何にもわかってないのねえ」 ジェシカの発言が意図することに気付けないユウヤは、何度も瞬いて首を傾げた。通じるとも思っていないと、ジェシカは冷め初めたコーヒーに口を付けた。それから視線を自分の椅子の周囲に置いた紙袋たちに落とす。慣れないことに慌てふためきながら、毎度上から下までしっかり確認して言葉を紡ぐユウヤを思い出しては自然と口元に笑みが浮かぶ。傾向として、どうやらユウヤはスカートが好みのようだ。今日購入した服を一点一点思い浮かべ、さて明日はまずどれから着ようかしらと組み合わせを考える。 ユウヤは何もわかっていない。まだ、何も。 ――――――――――― とても良い買い物 Title by『にやり』 |