※ラン→(←)ヒロ


 諸々の騒動が収まって、A国から日本に帰ってくると自分たちがLBX界ではなかなかの有名人になっていたことに、ランは今更ながらも驚いた。A国ではなんとなく、NICSの本部があったからという理由になっているんだかわからない理由で自分たちの顔が広く知れ渡っていることを納得していたから、日本でも同じように指を差され名前を呼ばれると、勇ましく背筋をぴんと伸ばしているランでもびっくりしてしまう。
 小心者じみた反応に気恥ずかしくなって、「なんか色々と変わっちゃったね」と隣に声を掛けて今度こそランははっと自分のらしくない振る舞いに気が付いて顔を伏せた。これまで毎日当たり前のように傍にいた人たちは、それぞれが自分の生活の場に散って行った。今のランはバンとヒロに出会う前の生活に戻っているのだ。
 ジェシカは「気楽に連絡してね」と橋渡しの言葉をくれた。だからランはいつだってその言葉に甘えてジェシカに連絡することが出来る。バンたちとは特別別れを惜しむ言葉も交わさなかったけれど、彼等は仲間の中でも数人が固まって同じ場所に集まっていたから、ランは接触することにさほど遠慮はいらなかった。LBXというきっかけさえあれば、人数がいた方が楽しいという無意識の方程式に従って彼女はあっさりと歓迎される。そこからは「またね」の言葉を繰り返して、自分の日常の中に彼等を組み込むことが出来た。
 さてここで問題になるのが自分と同じ、ディテクターの事件をきっかけに本格的にLBXを操作するようになった大空ヒロである。実は、ランは日本に帰って来てから一度もヒロと連絡を取っていなかった。初めは、それぞれが打ち明け合った帰ったらやりたいことに精を出しているからだと思っていた。特にヒロは凄まじい集中力の持ち主だったので、人生のバイブルと言っても過言ではない戦士マンのDVDを久方ぶりに観て盛り上がっているに違いなかった。それに、母親の遥とも一緒に暮らせるようになったのだから、これまで出来なかった親子の団欒というものも大事にしているのかもしれない。そう、次々と思い浮かぶ心当たりに、つまりヒロの中で自分の優先順位は存外低いのだなということに気付いてしまい、ランは彼に送ろうとしていたメールを削除した。
 それから毎日、ランはヒロにメールを送ろうとしては止めるということを繰り返した。朝の出掛けに、学校の休み時間に、帰り道の途中に、ベッドに横になり目を閉じる前に。何度もメールの作成画面を開いては、当たり障りのない挨拶を打ち込んで、しっくりこなくなって消してしまう。まずは用件だけでもとボタンを押そうにも、自分は一体ヒロに何の用事があったのかと先に進めない。
 今まで自分からヒロに話しかける時、一体何と声を掛けていただろうか。そんな場面は、きっと何度もあったはずなのに、いつも一緒にいた彼と離れて連絡を取り合うことは初めてだったのだと漸く実感した。

「――久しぶり?こんにちはとか?…最近調子どう…あーもうわっかんない!」

 結局ランはいつもCCMを放り出す。日本に帰ってから暫くはランも空手の稽古の時間とLBXの練習の時間を均等に確保するのに苦労した。その苦労を過ぎて段々とランの日常も固定されてくる。そしてその中に、当然の様にヒロはいなかった。そのことに気が付いた時、ランの胸に過ぎったのは確かに寂しいという感情だった。


 学校帰りに立ち寄った公園で、ランはベンチに座りCCMを弄っている。設置されたジオラマの周囲には毎日のように何人かが群がっていて、時々ではあるもののランも飛び入りで混ぜて貰ったことがある。遊びではなく実戦の中で技術を磨いたランを追い詰めるプレイヤーはそうそういるはずもなくて、失礼ながら若干の退屈を覚えることもあった。そういう時に、自分を戒める意味も含めて彼女は途端にバン達に会いたくなるのだ。当然、ヒロにだって。もしかしたらヒロは、自分には興味など持っていないかもしれないけれど。バン達がヒロと連絡を取り合っているかは聞いていないから、考え過ぎと言われてしまえばそれまでで、けれどこれまであんなに一緒にいたのに何の連絡も彼から寄越してこないなんてと恨みがましいことまで思ってしまうのが今のランだった。
 ――ほんと、らしくないな…。
 開いたまま進まないメールの作成画面が、長時間操作をしなかった所為で暗くなる。沈んでいく夕日を背にしているラン自身の影が重なってその黒は益々濃いものとなってしまう。
 自分が頭を使うことが苦手な部類の人間だと、きちんと理解している。ヒロにメールを打つことが難しくて仕方がないなら、打たなくても良い。ただその代わり、途切れて行くものがあるだけ。ランだってわかっている。こんな風に、毎日何度も絶えず頭を悩まして、心を沈ませてまでヒロに会わなければならないわけじゃない。望まれているわけじゃない。
 それでもランは、ヒロに会いたいのだ。その理由は、ただひとり悩んでいるだけでは彼女にはわからない気持ちを彼に向けて抱いているから。ひとりきり、ヒロのことを考えながら走る胸の痛みにランはもしや悪い病気にでも罹ったのかと不安になる。

「――ランさん?」

 懐かしい声がした。そんな風に思ってしまうくらい、久しぶりに聞いた気がする、記憶の中で微塵も霞んでいない声に、ランは反射的にその声がする方を向いていた。

「……ヒロ?」
「はい!何だか久しぶりですね!元気でしたか?」
「…元気でしたかって、そりゃあ…」

 いつの間にか、ランの前にはずっと会いたいと思っていたヒロがいた。よほど意識が散漫していたのか全く気が付かなかった。じゃあねと手を振った日と変わらない格好で、何も知らずに偶然の産物で再会した仲間を前に嬉しそうに微笑んでいる。その再会のきっかけを手繰り寄せる為に、ランがどれだけ頭を悩ませていたかを知りもしないで。
 途端、ランは腹が立ってきた。

「ヒロってさあ……」
「はい、何ですか?」
「私のこと、嫌いでしょ」
「え!?」
「だって帰って来てから何日も経つのに連絡ひとつ来なかったし、今だってへらへら笑ってるだけだし、私…わた…し、すっごく…色々、考えてたのに…!ふっ…うわああ!」
「ランさん!?」

 八つ当たりだとわかっている。だからランはもう泣く以外に、ヒロを傷付けずに感情を発散させる術がない。言葉で伝えられていたら、メールなんてとっくに何通でも送信できていた筈なのだから。
 ヒロはヒロで、久しぶりの再会に舞い上がっていただけにランが突然泣き出したことに慌てふためくばかりだ。ポケットを漁ってハンカチを探すものの今日に限って忘れてきてしまったらしい。わんわんと声を上げて泣くランを前に、ヒロはとうとう情けなく立ち尽くすしかなかった。

「…ごめん」
「いえ…もう大丈夫ですか?」
「うん」

 どれくらい泣いていたのか、公園にはもうヒロとラン以外の人影は見つけられなかった。泣き止んだランは鞄から自分のタオルを取り出して顔に押し当てている。ヒロは隣に腰を下ろして、時折ランの様子を伺っている。
 暫く沈黙が続いた。ランが大きく息を吐いたことを確認すると、本当に落ち着いたのだなとヒロは恐る恐る口を開いた。

「――あの、さっき言ってた連絡がなかったってことについてなんですけど…」
「うん」
「…してよかったんですか?」
「――は?」
「あの、別に会おうと思えば会えるし、用事があるわけでもないのに連絡したら迷惑かなと思って…僕…遠慮してたんですけど…」
「…何それ!?」
「うえ!?」

 ヒロの言葉を聞き終わるや否や、ランは彼に詰め寄る。ぐいっと近づけられた顔に、ヒロは反射的に仰け反る。目の前にアップで広がるランの顔。その目元が段々と周囲が暗がりに包まれても赤く腫れていると確認できた。少し前までは毎日行動を共にして、一貫して気丈なイメージを崩すことのなかった彼女だったからか、その目元がヒロにはやけに痛々しく映る。
 顰められた眉と、噛み締められた唇。そこまで怒らせるようなことを言ったつもりはなく、ただ悩むことなく他愛ないことでも伝えてみれば良かったのかもしれないと少しの後悔。ヒロからすれば、ランだって何の連絡も入れてくれなかったじゃないかと思うのだが、それは先程の彼女の涙ながらの言い分が抑え込んでしまった。

「あーあ、二人して同じことで悩んでたんだね」
「そうみたいですね」
「馬鹿みたい」
「そうですか?」

 こんなことなら、連絡も入れずに会いに行ってしまえばよかった。ヒロ以外の誰かに聞けば、住所くらいわかったかもしれないのだから。それでも、ランが寂しさと格闘していた頃、ヒロも同じように自分のことで悩んでいてくれたようなので引き分けということにしておいてあげよう。そう決めて、ランは今日初めてヒロに満面の笑みを見せた。
 しかしこの直後、ヒロがこの近辺に足を伸ばした理由が戦士マングッズ購入の為と知り「そんなことしてる暇があるならさっさと私にメールの一通でも送りなさいよ!」と、ランは彼に右拳を繰り出すことになるのである。
 だけどもう、ランの胸は痛まなかった。


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少女の病に春はくるか
Title by『にやり』




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