お日さま園に来て数日後に出会った三人組にやたらと構われるようになったことを、マサキはもう言葉で表現しようとは思わない。貴方方、御自分の生活は宜しいんですかなんて皮肉と遠慮を込めた言葉は早々に子どもが大人の気遣いなんてしなくて良いんだよと打ち消された。断じて気遣いなどではなかったのだが。
 いつの間にか三人組の恋人まで巻き込んで、計六人の大人に立ち向かわなければならなくなったマサキの心境は心許なく、言いようのない疲労。
 遊ぼう話そう一緒にいよう。彼等がマサキに要求することはさほど難しくも珍しくもない。相手を選んでさえいれば。そしていつだって全力なそれは、大抵暴走してマサキを振り回してまたねと不吉な予言を残して去っていく。
 転校先の学校に馴染む為に貼り付けた笑顔はお日さま園に帰ってきた途端に崩れ去る。おかえりなんて家族みたいに出迎えてくれる人がいた。諸手続を終えたマサキが学校に通い始めてから一週間は毎日。新しい環境は疲れるだろうと言いながら休ませてはくれず、遊ぼうとしつこく言い寄るから逃げ出して、そうすれば自然と始まる鬼ごっこの戦績などもう忘れてしまった。鬼が複数人いるのに逃げる側はいつもひとりなんて卑怯だ。

「マサキ遊びに行くよ!」

 ほら早く起きてと、マサキが頭の先まですっぽりと被っていた布団を無情にも取り払ったのは、既に見飽きた顔となったヒロトだった。
 寝ぼけ眼で覚醒しきらない頭は果たしてそんな約束していたろうかと常識的な範囲で現状を把握しようとする。約束なんてなくとも乗り込んでくる連中ばかりだということをマサキはまだ思い出せていない。
 人数の都合上ひとり部屋に住まっているマサキの部屋にいるのはヒロトだけだったが、後ろに見える入口からはいつもの面子が勢揃いしていて、晴矢が早くしろよと急かしてくる。早くって何をだよ、と普段のマサキなら噛みつくのだが、如何せんまだ寝ぼけていてそれも出来ない。
 折角の休日なのに。薄っぺらい笑みを張り付けなくとも済む日なのに。別の意味で頬をひきつらせることになるのだろう。いつまでも寝ている訳にもいかないのでのそのそと着替え始めれば、部屋の外にいる六人組のやかましい声が聞こえてくる。男性陣よりも女性陣の方がまだマサキからすれば付き合いやすい。言葉にすればどう転んでもまた一悶着起こりそうだから、絶対に言わないと決めている。
 着替え終わって扉を開ければ、一番近くにいた杏に行くわよと手を取られてそのまま連れ出された。複雑そうに眉を寄せて此方を見てくる晴矢に、マサキは思いっきり舌を出してやった。



 やって来たのは河川敷。普段この辺りで練習している少年野球チームは試合にでも出かけているのか姿がない。野球スペースの隣にあるサッカーコートを陣取って、端にあるベンチに荷物を置いたらみんなじゃあやるかなんて柔軟体操を始めたりするから、マサキは大方検討は付きつつも何の説明もなしに行動するのは止めて欲しいと顔を顰めた。
 そんなマサキの表情の変化に最初に気付いたクララが「今日はサッカーして遊びましょう」と今更な誘いをくれる。これがヒロトや晴矢や風介だったら嫌だだの言うのが遅いだの文句も言えたのに。基本的に男性陣についてきてその暴走を諫める役を買ってくれている杏やクララに、マサキは強気に出られなかった。以前マサキが晴矢に追いかけ回されていた時、見事な飛び蹴りで彼を沈めた杏には、実は少しなつき始めている。
 その点玲名だけは男性陣寄りな接し方をしてくるような気がしているが、その辺はクララ曰わく「彼女はヒロトの恋人だから」とのことで、マサキにはよく理解出来なかった。
 ぽつりとベンチの前で置いてけぼりを食っているマサキを囲むように立ちながら始まった会話に漸く意識を戻す。

「チーム分けどうする?」
「七人でキーパーで引く二したら残り五人とか無理だろ」
「じゃあいっそキーパー一人にして半面だけでやるか」
「そもそも私たちにはキーパー経験者がいないぞ」
「てかキーパーのグローブ忘れた」
「そんなの持ってないでしょ」
「チーム分けしないとマサキがキツいでしょ?」
「必殺技禁止すれば良いだろ」
「それでは埋められない君のおとなげのなさが心配なんだよ」
「風介うるせえぞ!」

 各々が言いたいことを言っている内に「あれ、これサッカー無理じゃね?」という流れになっていく。
 くだらねーとマサキが呆けている傍らで全力で遊びに来た大人たちの討論はなかなか終わる気配を見せない。

「じゃあフットサル行く?」
「遠いしあれは人数より広さの問題だろ」
「そもそも奇数が駄目なんだって」
「じゃあドッヂボールか中当てするか」
「サッカーボール当てるとか痛いから却下」

 次から次へと案を出しては誰かが即座に却下するの繰り返し。マサキはベンチに腰掛けて彼等の話し合いに答えが出るのを待っている。たぶん、今ならこっそりお日さま園に戻ってもバレないのではないか。それくらい彼等は話し合いに熱中していて、一体どれだけ遊びたいんだと、本来の遊び盛りであるはずのマサキすら唖然とさせる。
 そして、彼等がこんなに必死に遊ぼうとする理由の中心に自分がいることが、マサキには信じられない。こうして構い倒される理由をマサキは知らない。だけど愛したいのだと、出会ったばかりの頃に彼等の中の誰かが言った。無理だと思った。だって構う以上に理由がないと思ったから。何故出会ったばかりの子どもを愛したいなどと思うのか。それは彼等の誰に尋ねても「簡単なことだから」としか教えてくれない。それがマサキには怖いのだ。愛情であれ何であれマサキの理解の外からやってくるものは敵に等しいのに。目の前にいる敵意の欠片も宿さない人たちが揃いも揃って差し出す感情が解らない。
 いつか解ると言ったのはヒロト。いつだって解ると言ったのは晴矢。解らずとも困りはしないと言ったのは風介。怖がらなくていいと言ったのは玲名。怖いなら打ち勝てと言ったのは杏。怖くとも害はないと言ったのはクララ。
 優しいのだろう。それは解る。それしか解らない。優しさ以上の愛情という存在があることを、今のマサキが解らないことをヒロト等は知っている。だから構い倒すのだと説いても、構い倒すから解らなくなるのだと混乱しているマサキに言っても堂々巡りだろうから、やはり態度で示すしかないだろうと、六人全員が思っている。全員が全員彼に駆け出せば一目散に逃げ出すだろうから、適度な間合いを何人かが探りつつ。

「じゃあもう鬼ごっこ!はい、俺と玲名が鬼するからみんな逃げる!」

 ぱん、とヒロトが手を叩く音にはっとすれば、鬼の二人とマサキを除いた面子は一斉に散らばって駆けだしていた。完璧に出遅れたマサキも、釣られるように駆けだす。背後からの「十秒数えるから」と聞こえて、振り返らずにただ走る。思えば最近鬼ごっこばかりしている。こんな生活が続けば自分はかなり走れるようになるだろう。副産物だけなら嬉しいが、過程を辿れば全く笑えない。だが遊びに乗っかってしまった以上は走るしかない。だってあの人達は、子ども相手に全く手加減を知らないのだから。負けるなんて、気に食わない。
 結局マサキは何度も鬼に捕まって、立場が変われば逃げられて、相手を追い込むには戦略がいるのだと学んだ。
 次は勝つ、そんなことを思ってしまって、何を期待しているんだと羞恥で赤くなった頬は、運動後である上に、いつの間にか差していた夕陽のおかげで気付かれることはなかった。少しずつ絆されて生まれた己自身の変化に愕然とし、戸惑いを覚えながら、休日の河川敷で一人の子どもと六人の子大人は日が暮れるまで遊び続けた。



20120123