瞳子にお日さま園に新しい子が入ったから時間がある時にでも会いに来てねとメールを貰ったので、その際の一斉送信された相手を確認して見れば頻繁につるんでいる連中だったので示し合せて三人一緒に故郷とも呼べるお日さま園に遊びに来た。尤も、ヒロトも晴矢も風介も、お日さま園からさほど離れていない場所に各々恋人と同棲している状態なので久し振りという訳でもない。だから瞳子だって、気楽にいらっしゃいと連絡を寄越してくるのだ。
 勝手知ったるとはいえ一応は余所者であるとマナーをわきまえながら玄関で呼び鈴を鳴らせば扉が開くよりも先に庭で遊んでいる子ども等に久し振りだの遊べだの声を掛けられ纏わりつかれる。ぐるりと見渡しても見慣れた顔ばかりで、本日最大の要件である新入りはどうやら外で遊んでいないらしかった。
 暫くして扉が開いて出迎えてくれた瞳子に着いて彼女の居住、事務室ということになっている部屋に通される。それまで彼女が手を付けていたであろう書類の傍に置かれたパイプ椅子に、体育座りをしている少年がひとり。警戒心を丸出しで、自分以外に寄る辺が無いのだというふうにぴりぴりとしている。
――そんなに張ってはすり減るだろうに。
 過去の経験から、ヒロトは思う。だけど言わない。他人の言葉など全てが善意を被った悪意の塊りに思えてしまう時期がある。お日さま園にやってくる子どもには、入園当初が一番その気が顕著に出てくる。
 瞳子に紹介されるよりも先に、三人ともこの少年が新入りだと理解する。初めて見る顔、そしてこの態度。見知らぬ世界に放り込まれた、悲しんでいる間もなく押し寄せる現実に抗うことも出来ず、ただ潰されないようにと耐えている。ここに来る子どもは、それなりに事情がある。そして大抵、その事情は子にとってあまり宜しくないことばかりだ。だから、お日さま園にいる面々は、後から入って来る人間に同情的な目線を投げることはしない。ただ少しばかり好奇の目線を受けることがあるが自己紹介さえ済ませてしまえばそれは解決する。
 ヒロトが初めてお日さま園にやって来た時よりも年嵩なその少年は、きっと少しばかり此処で既に形成されている人間関係に馴染むのに苦労するのだろう。それだけが、ヒロト等には可哀相だった。それでも、同情と呼ぶには大分淡い。

「晴矢みたいだね」
「ああ?どっちかっつうと風介じゃねえの?」
「心外だな」

 まだお日さま園の人間全てを把握している訳ではない。それでもこんな大人はいなかった筈だと、突然やって来た男三人を、警戒心を隠さずに睨みつけていれば、彼等は自分をじっと見つめた後わいわいと会話に興じ始めたのだから、自然と耳がそれを拾ってしまう。人の名前であろう単語が飛び交い、それから幾つかの会話を拾って繋いで、二人いる赤髪の穏やかそうな雰囲気をしているのがヒロト、口が悪いのが晴矢、水色よりも薄い髪でぼんやりとしているのが風介ということを突き止めた。次は何をしてくるつもりか。じっと構えて様子を伺う。そんな少年の臨戦態勢を察知して、懐かしいなあと微笑まれたから、少年の機嫌は一気に下降した。いけすかない。

「貴方達、自分たちだけで盛り上がるのはやめなさい」
「だってこいつ自己紹介もしねえじゃん」
「俺達だってそうだったじゃない」
「俯いて、縮こまって、だけど警戒心はマックスだ」
「ねー」
「はあ…、この子は狩屋マサキよ。マサキ、彼等はお日さま園出身の先輩よ」

 瞳子が、ひとりひとりの名前を教えてくれる。それは先ほどつけた検討と同じで、少年――マサキはふん、と鼻を鳴らした。出身ということは、もう此処にはいる筈もない人間なのだろう。そんな人間が何をしに来たのか、マサキには分からない。瞳子が事前に紹介したい人がいると伝えておかなかったことの所為でもあるが、紹介してどうしたいという明確な目的があった訳でもないので説明しようがなかったのだ。
 マサキにとって瞳子は信頼できる云々の前に、逆らってはいけない相手として認識されていた。幼い自分が、社会に放り出されて逞しく生き抜いて行ける筈もない。ある程度大人になるまではここで生かされる。そうなったとき、誰がこの集団の長であるのか。それを把握せずに生きることは賢くない。把握しようとしなくとも、お日さま園に来て見れば常時この場所に留まっているのは瞳子だけだったので自ずと理解出来ることではあったが。
 その、マサキが目下逆らってはいけない相手と認識している瞳子が連れて来た三人組。敵ではないのだろう。お日さま園という全体に於いては。では、狩屋マサキという一個人に於いてはどうなのか。それが、定まらない。だからマサキは、近寄って、突いてみることにした。猫が、猫じゃらしに前足を繰り出すかのように。そっと、距離を詰めて、危なくなれば離れれば良い。そんな、内心の警戒心は解けないまま、この部屋に彼等が入って来てから顰めっぱなしだった表情だけを緩めてみせた。

「狩屋マサキです。よろしくお願いします」

 初対面の挨拶としては無難な言葉と、にっこりと子どもらしい愛嬌のある笑顔を添えておじぎする。そして顔を上げたとき、目の前にあった彼等の顔はマサキが想像していたものとは大分違っていた。
 晴矢は「うわあ、」と口を開けて呆けていた。風介はこの部屋に入って来たときと変わらず涼しげな眼で、だが初めよりも観察するような眼差しを向けている。そして並び立つ三人の真ん中にいたヒロトは、困ったように眉をハの字に下げて、微笑んでいた。

「「ヒロトタイプだったか」」

 重なった晴矢と風介の言葉に、瞳子とヒロトは苦笑し、マサキは意味が分からないと緩めたばかりの表情をまた顰めた。
 実はこのとき、ヒロトと晴矢と風介が一様に心中でこの先ずっと狩屋マサキを構い倒すということを決定していたのだが、当然マサキは知る由の無いことだった。


 この初めての邂逅から数年後、マサキは三人から思い出話として当時の彼等の胸中を聞かされた。

「あの時のマサキの笑顔はすっごく上手な作り笑いだったよ。普通の人ならみんな可愛いだのなんだの言って心から楽しいことがあるから笑ってるんだと思ったろうね」
「ヒロトさんたちは思わなかったんだ」
「前例がいたからな」
「前例?」
「ヒロトが今のマサキくらいだった頃の笑い方にそっくりでな。直ぐに作りものだとわかったよ。晴矢も私もヒロトのあの笑い方だけは好きになれなくてね。愛されたがりの臆病者に限ってそういう極上の作り笑いをするからほんと、君達は厄介だ」
「あっ…愛されたがり!?」
「だから構い倒そうって決めたんだ」
「あっそう、」

 何だよそれ、と脱力するマサキを楽しそうに眺める三人は、あの頃より沢山の表情を浮かべる彼を親心にも似た安堵を以て見守っている。あの日の決意通り、ヒロト等はマサキを構い倒した。一対一のときもあれば複数人、時には自分たちの恋人までもを巻き込んで、マサキの日常をしっちゃかめっちゃかに騒がしくさせた。結果、お日さま園の外で見せる外面と、自分たち園の中で見せる本音に大分差が開いたりもした。そのことに気付いた時にヒロト達は「あれー?」と首を傾げながらも最終的にまあ良いだろうと落ち着いた。
 警戒心の塊だったマサキがこの様な変化を遂げるまで、先に述べた通り、ヒロト達の干渉により様々な事があったのだが、それはまた別の話として取っておく。




20120121