蘭丸と茜がキスをしているのを見つけたのは、放課後の教室に忘れ物を取りに来たというあまりにもベタで、かつ正当な理由があったので、拓人にはなんの非もないことだった。それでも、忘れ物をした数十分前の自分を殴り殺してやりたいほど拓人の心情は穏やかではなく、それでも気配にまでその荒んだ気持ちが表れないように注意してその場を静かに去ったのは、やはり自分は恋人同士という繋がりを持つ蘭丸と茜にとっては部外者でしかないという現実を突きつけられたから。
 幼馴染が離れて行くのが寂しかった。自分に憧れていたという少女の瞳が自分を凡俗な一に落とすのが怖かった。そんなみっともない執着でしかなかったのなら、拓人はただ内なる葛藤だけで今を終わらせることができたのに。残念ながら自分の抱く感情が寂寞でも恐怖でもなく恋であると知っている。それが叶わないとも知っている。それでも元々弱い涙腺からぼたぼたと流れ落ちる水滴が、如何に自分が傷ついたかを教えてくるのだ。
――奪えるなんて、もしかして思っていたのか。
 自問自答は、いつだって答えが先行してそこにある。蘭丸と茜の恋人同士として振る舞う姿のどこを見てそんな厚かましいことを考えていたのか、それは今の混乱しきった拓人には理解出来ない。だが滔々と溢れ出す涙は、傷に染みるだけで絶望なんてまだ遠かった。
――大丈夫、まだ想える。
 それは、きっと山菜茜という少女のことを。恋焦がれて伸ばすことのできない手をきつく握り締めながら惨めと思われようとも見つめることだけはやめないということ。
 悲しかった。想いが通じ合わないことも。そしてそれ以上に、大切な二人の人間の現在を心の底から素直に祝福してやれない自分の底の浅さが。
 どちらのことも大好きだと胸を張って、抱える想いの差異を気付かないまま豪語出来たら良かったのに。そんな願望は、いつだって拓人の恋の裏側にぴったりと張り付いている。今ならまだ引き返せるんじゃないのと保身に走る弱さが囁いても、拓人はそれをぴしゃりとはねつけるだろう。
 だって思ってしまったのだ。蘭丸と茜の唇が触れ合う瞬間、羨ましいと確かに思い、そこにいるのが自分だったら何てことを情けなくも願ってしまった。どちらが羨ましかったかなんて、そんなことは知れたことだ。


20120101