自分でもこれはどうかと思うという手段で茜を恋人という場に繋ぎとめたのは、たとえ相手が幼馴染の拓人であっても譲れないからだったはずなのに。そう、蘭丸は首を傾げる。
 最近の拓人の様子を見ていれば、彼がいかに露骨に茜を見つめ、切なそうに目を細めているのかがありありと分かる。こんなんで、自分以外の誰も拓人の気持ちに気付いていないようであるから蘭丸は思わず笑ってしまう。拓人の切なげな表情の裏にある申し訳なさだって、付き合いの長い蘭丸だから気付けるのだろう。まして、それが自分に向けられているものであるから尚のこと。共鳴するように痛む自分の胸のことは放っておいて、蘭丸は今日も茜に微笑みかけている。そうすれば、彼女もそれに応えて微笑み返してくれるから。どちらの笑みが偽物かなんてそんなことは見抜かなくていいこと。だってきっと、どっちもどっちだ。
 どうして片想いのまま、そこに留まっておけなかったのだろう。最近では、自分で先に進んだくせにこんなことばかりを考えている。直線を進んで追いかけるだけならもっと綺麗なまま、胸を張って恋をしていられただろうか。
 どうして進んでしまったのかなんて、そんなことは分かり切っている。ずるい、そう思ったから。茜に想われて、それに気付かず好意からくる行為を当たり前のように享受している拓人を、ずるいと思った。羨ましいと思った。誰かがそれを嫉妬と呼ぶのならそうだろう。だけどただひとつ言い訳をするのなら、蘭丸はこの恋を理由に拓人を疎ましく思ったりは決してしていないのだ。
 茜が拓人に抱く感情が憧れではなく恋情だなんてことは最初から百も承知のことだった。自分と付き合うことで、少しずつその気持ちを忘れてくれたらなんて希望を抱いていたし、茜もそうしようと努力していた。このまま何ごともなく時間が過ぎれば、塗りつぶせない根底には意図して目を伏せたまま共にいれたに違いない。
 だけど、最近気付いてしまったから。茜の本当の想い人は、きっと彼女と惹き合うべき感情を今となって彼女に向け始めていると。
 そうなると、途端に自分だけが邪魔者みたいに思えてしまって、寂しい。仕方ないねと茜の手を離してやれるほど、達観もしていない。あと少しだけ、あと少しだけを積み上げて永遠にしてしまいたいとすら思う。ずるいかもしれない。だけど蘭丸は今でもずっと想っている。
「神童は、ずるい」


20110826