――シン様、最近なんだか優しいです。
 言い掛けた言葉を、茜は咄嗟の所で喰いとめた。そんなものは錯覚だと、茜の中の冷静な部分が釘を刺す。部活中に確認するような内容でもない。
 部活の休憩時間、拓人にタオルを渡した時のこと。以前なら礼を述べることがあってもちゃんと茜の顔を見て、微笑んで見せたりはしなかった。拓人の仕草ひとつひとつが、自分にはまるで興味がないと告げているようで、茜は憧れと称した気持ちを恋と呼ぶことを決して良しとしなかったのだ。傷つきたくなかったし、怖かったといえばその通り。それを弱いというのなら、自分はきっと世界中の誰よりも弱かったのかもしれない。
 悶々と、思う所はいくつもあるのだけれど、結局は全て徒労なのだと気付く。結論なら最初から出揃っているのだから。蘭丸と付き合っている自分が、拓人の身振りあれこれについて意識を向けること自体が無駄だ。
 意識が向いてしまう理由などは考えないようにして、茜は蘭丸にタオルを渡すべく拓人に背を向けた。絶えず感じる視線だってきっと錯覚に違いないのだから。


20110826