蘭丸は、ここ最近の自分を振り返ってみて、もしかしたら自分はずるい人間なのかもしれないと自嘲する。だけどそれが最低かと考えれば、それほどひどくはないんじゃないかと都合よく自分を持ち上げておく。だって、幼馴染の彼女に恋慕することも、好きな人がいるのに他の人の告白を受け入れてしまうのも、どれもこれもが見ようによっては最低なことだと思うのだ。結局、自分が原因に噛んでいることも、気付いているのだが。
 蘭丸は茜が好きだったけれど、彼女は彼を好きではなかった。茜は拓人が好きだったけれど、彼は彼女を好きではなかった。ほんの少し前の、自分たちの関係の図式は、とても簡単な三角形だった。誰も交わらず、恋よりも大事なものなんて沢山あると思い込んで、誰も彼もが何かをないがしろにしてサッカーボールなんて追い駆けていた。
「付き合って」
 蘭丸が茜に告げた時、彼女は驚きもせず、怪しみもせずじっと蘭丸の瞳を見た。蘭丸はその目を逸らさなかったし、言葉の撤回もしなかった。沈黙だけがそこにあり、耐えかねたのは、茜の方が先だった。
「私は、シン様が、」
「好きだ」
「霧野君?」
「俺の方が、山菜のこと、好きだよ。絶対、アイツよりずっと」
 だから自分の手を取れというのは、道理が通った要求では無かった。そんなことは知っていて、だけど蘭丸は茜に自分の手を取って欲しかった。そこにあったのは、打算ではなく純粋な好意だった。好きな人に、自分を選んで欲しかっただけ。それはきっと、咎められることなどではない。
 茜が、拓人への気持ちを憧れで終わらそうと躍起になっていることはなんとなく分かっていた。そうしようと思い立つ時点で、それは恋だと、蘭丸は思っていた。だけど教えない。必要がないから。
 ずるいとか、卑怯だとか、蘭丸のしていることは確かにそうだったかもしれないけれど、それを言い出す視点に立てる人間が、まず自分の気持ちを自覚していないのだから、誰にも自分を責める資格などない。蘭丸は、嫌いではなく、寧ろ大事な、これからも長く付き合って行きたいと思っている幼馴染の姿を思い浮かべる。きっと茜も同様だろう。決定的な違いは、茜は彼の残影を振り切ろうとして、蘭丸は途切れないよう内側にしまおうとしていること。結局、蘭丸は何も手放せなかった。
「もし、山菜が俺のこと嫌いじゃないなら、」
「……」
「お試し期間だとでも思ってさ、俺と付き合ってよ」
 またずるい言い方をしたと、今度は自分の質の悪さを蘭丸は自覚した。嫌われてはいないと確信しているから、こんな言葉を吐ける。それはその通りで、でなければ告白自体していなかったろう。この言葉が、どれだけ山菜を困らせて、彼女に付け入って、だけど彼女にとって都合の良い言葉であるか、蘭丸はその全てを知っている。
「ごめんね」
 そう震える声で呟いて、それでも蘭丸が差し出した手を取った茜を、蘭丸は出来るだけ優しく抱き締めた。はっとしたように息を呑み、そのまま蘭丸の腕の中で身じろぎひとつ取らない茜の瞼の裏には、きっとまだ拓人がいるのだろう。それが分かっているから、蘭丸は彼女に気付かれないように音には乗せずにごめんと唇を動かした。
 悪いのが誰かなんて、突き詰めるまでもなかった。



20110825