冷静になってから振り返ると、蘭丸は自分の盲目的な振る舞いがどこまでも稚拙であったように思えて恥ずかしかった。ふと擦れ違う恋人たちの後姿に視線を引かれては記憶が巻き戻って羞恥で蹲ってしまうこともあった。そしてそんな蘭丸と見つける度に一体どうしたと声を掛けてくるのは大抵拓人か茜であるのだから不思議なものだ。
 茜のことが好きだったという気持ちを、蘭丸は一先ず置いておくことにした。仕舞っておくことは出来ない。抱え込んで、打ち明けてはいけないと思い込むと妙な方向に暴走してしまうから。詰まる所、蘭丸と茜は似た者同士だった。二人して、拓人には自分の秘めた恋心を打ち明けられないと思い込んでいた。向かう矢印の先は違ったけれど、結局はそういうことだ。後に拓人はそう思われていたことを純粋に寂しいなと打ち明けてくれた。蘭丸と茜は揃って「善処します」と頭を下げた。
 最終的にこの三角関係がどう落ち着いたのか、本人たちもよくわかっていない。けれどあの頃の息苦しさと比べたらきちんと収まるべきところに収まったのだと思っている。蘭丸と茜が付き合っていると周囲に認知されていた事実に、ある日を境に拓人も加わったような状況だ。当初は一体どういう状況の変化だと好奇心の目に晒されたりもしたけれど、拓人は蘭丸の幼馴染であったし茜の憧れの人でもあったのでいつの間にか当たり前として受け入れられていったらしい。三人からすると、どうして他人に納得されるまで不躾な視線を送られなければならないのかが不満で仕方がなかったのだけれど。
 拓人が茜のことを好きだったという気持ちをどう処理したのか、蘭丸は知らない。尋ねれば教えてくれるだろう。けれど今はまだそうする必要はないように思えた。彼女の方が自分たちの関係を清算し新しく踏み出し辿り着いた場所を大変気に入っているようだったので、それだけで今は満足だ。そしてそれは拓人も同じだろう。一度は繋がりかけた気持ちを、過去形で明かされた彼の方が自己処理するには難儀だったろうにと思う。誰かを想う気持ちは、いつだってその気持ちの持ち主にすら手に余るものだと、蘭丸も茜も身を以て知ってしまっている。
 きっと、自分たちが通り過ぎたことのあらましを第三者が知ったとしたら、誰か一人くらいは蘭丸の選択を詰るだろう。拓人の選択も、茜の選択も同様に。自分本位に巻き込んで、壊して、貫いてしまえばよかったのにと思う人間もいる。嘗ての蘭丸がそう思い、行動したのだ。貫くことは出来なかったけれど、辿り着いた場所が現在だ。好きという気持ちを、三角形の中で一組でも成立させることこそが重要ならば、自分たちの中の誰かが我を通せばよかった。息苦しく、胸を張れない選択だとしても、だ。そんなことをしても、幸せからは程遠く、寧ろ最低だと思い悩む日に身を落とすことが最善だとは、今の蘭丸も他の二人も思わない。
 だからきっと、これで良いのだ。




20121119