※色々注意



 愛されてしまったのだと、スザクはひとり振り返った。ひとり、独り。いつからかそれはスザクの当たり前だった。日本人としての誇りを捨て敵国に魂を売り払った売国奴。軽蔑や謗りにはいつしか諦めが付きまとうようになった。だって否定のしようがなかったから。
 父親が日本を泥沼に導こうとした。大勢の人間に死ねと無責任な命令を下そうとした。だから殺した、という安直な問題ではないけれど。救いたかったんだと間違いない本音と共に刃を手にした瞬間、幼い自分の脳裏に過ぎった影は、きっと日本人の誰かではなかった。自分の所為だと背負いこむには、父親を刺し殺したという事実の方がショックだった。昔から、父親殺しは何かと罪深いそうだ。だからこそ罰が欲しかった。出来るのならば、世界共通最も重いとされる極刑が欲しかったのに。スザクの身に降りかかったのは自身を切り裂く刃ではなくユフィからの優しい愛情だった。
 どうしてだろう。スザクが尋ねればユフィはこてん、と首を傾げながら何がですかと尋ね返した。向かい合って、両手を繋いでいる体勢も不思議だったけれど、一番不思議だったのは、死んでしまったはずのユフィがこうして目の前にいることだろうか。疑うならば、夢かということ。それとも死後の世界があるならばひょっとして自分は死んでしまって天国で彼女と再会したのかもだとか。不意に厄介な親友の「お前が天国なんかに召されるはずがないだろう馬鹿者」と罵る声が聞こえた気がして、一瞬失礼だと眉を顰めたけれど直ぐにまあその通りだなと納得してしまった。悲しいけれど真実だ。
 スザクからユフィを奪い去った親友は、これといった和解をすることなく当たり前にスザクの世界の中心部にいた。親の敵といわんばかりに憎んでいた実父に敵意を持って突き出したり監視したり殺そうとしてみたり。兎に角色々と失礼なこともしたけれど、あっちだってスザクを騙したり利用しようとしたり殺そうとしたりしたのだからまあお相子だろう。仲直りは出来ないけれど、手を組むことは出来た。懐かしい気もした。幼い頃、親友とその妹を馬鹿にした連中に仕返しをするみたいな感覚で世界に喧嘩をふっかけた。勝てるとは思っていなかったけれど、負ける気もしていなかった。あくどいことをさせればそれだけ輝く親友に、スザクはこっそりこれまでの確執も忘れて素直な賞賛を贈った。
 勿論皮肉である。
 手を繋いだユフィから、とくんとくんと伝わってくる温度がスザクに回想を迫っているようで静かに目蓋を下ろした。シャルルとマリアンヌに複雑怪奇な熱弁を振るわれ死者の復活を仄めかされた時、スザクの内に去来していたのは確かにユフィの存在だった。父親のことはあまり振り返らなかった。だって生き返ったりしたら自分を殺したことを糾弾されそうだったし最悪殺されるかもしれない。そんな怖い想像出来なかった。それ以前にユフィを失い真実の一部に触れ憎悪に塗れてからというもの殺されたいよりも殺してやると我ながら物騒な方向に転がってしまった所為もあったのだろう。つまりスザクは父親よりもユフィを取った訳で。男親なんてそんなもんだとこれまた親友があっさり肯定してくれた。

「こんなことお前に言うのも何だが枢木首相を殺したのがお前だともっと早くに知っていたら俺は今よりお前のことが好きだったかもしれん」
「うっわー、引くわー」
「何を言う。死にたがる必要なんかないと優しく包み込んでやれたかもしれないんだぞ」
「ルルーシュの優しさなんか要らないよ。ナナリー以外に向ける優しさなんて策略と下心と擬態の塊じゃないか。僕はユフィの優しさに包まれていたかったよ。優しさで窒息死したかった」
「結局死んでるじゃないか。お前が死んだらユフィが悲しむだろうから止めておけ。…しかしまあ政治には疎いが人を見る目はそれなりにあると思っていたんだがな…。全くユフィも何故スザクなんかに惚れたんだか…」
「ユフィを殺した君が言うのかい」
「何と言われようとユフィの初恋の相手は俺だぞ」
「死ねば良いのに!」

 生前、こんな風にきゃんきゃんとお互いを貶し合いながらもまずは父親なんてとその必要性を揺らがせようと戯れた。結果的に二人して父親を死に追いやって、責任とか罪悪感とはまた別の完全なエゴで以てそれぞれの命の捨て場を定めた。魔女はただ、まるで子どもみたいだなと脚本の完成を待っていた。顔を合わせた時間は短かったが、役者として配置するには表情筋が乏しすぎたらしい。スキルは高いが敷居も高い。使いこなせまいよと最後の舞台から魔女を外した親友に、スザクはふうん、と無関心を装いながらその実彼は魔女を失えないのだなと賢くない頭の片隅で理解した。あの魔女は、親友が一言役割として道連れとなることを求めてもあっさり頷いてくれたように思う。結果がどのように転ぶかはわからないが、口先だけの約束と了承は与えてくれたのだろう。ただ親友は、生きながら無気力な死人として過ごした時期が長かった反動なのか生きるということに拘っていて、心中に似通った行為に対してどこか否定的だった。自分の好きな人間には生きていて欲しいのだろう。記録と記憶から抹消されることになろうとも、スザクに生きるという役割を与えたように。

「…ルルーシュに会った?」
「ええ、もう随分前のことです」
「今もいる?」
「勿論。スザクに会えない間、私が寂しがらないようにと色々心を砕いてくれたんですよ」
「会えなくしたのだってルルーシュなんだけどね」
「それは言わないであげて下さい。ちょっとした事故だったんですよ」
「…まあ思い付く限りの仕返しは済ませちゃったしね。今は彼どうしてるの」
「お父様と叔父上を負かそうと日々下らない勝負を繰り返してはマリアンヌ様の横槍を受け流しています。あれはあれで大変なんでしょうね、私にはとても無理」
「そうだね、きっと恒久的世界平和の方が容易く実現されるだろうね」

 死後の世界とやらは随分賑やかな所らしい。ユフィの口振りからするに、ルルーシュが現在身を置く戦いとやらも殺伐とした生死を懸けるものではないようだ。チェス辺りならば、気楽かつクソ生意気に彼の真価が発揮できるというものだろうし。
 冷静かつ頭が切れるクセに咄嗟の非常事態にあっさりその端正な相貌を崩していた親友、幼なじみ、敵。父親が大嫌いで、あんな奴と同じ血が流れているだなんて信じがたいと唸っていた彼が最終的には母親も碌な女じゃなかったと割りきった時は思わず笑ってしまった。両親揃ってあんなんじゃあ俺みたいな人でなしが生まれても仕方ないなと開き直って、それじゃあナナリーはどうなんだと揚げ足を取るように問えば間髪入れずにナナリーは天使だからと真顔で言いきったからもう清々しかった。恐らくスザクもブリタニアの皇族の血統に関しては碌な人間を生み出さないなと思いながらユフィは別だけどと棚上げ状態に陥るのでお互い様だった。

「…僕はどうして死んだのかな」
「窒息死だったみたいですよ」
「へえ、事故かな」
「いいえ。ゼロとして生きるスザクには、世界中から向けられる期待や尊敬が息苦しかったみたいですね」
「――ああ、それは確かにその通りだったね」

 だからって死んじゃ駄目だったんだろうけれど。きっとルルーシュに再会したらまだ来るのが早すぎると怒られるのだろう。ナナリーを残して来るなんて言語道断。しかし同時にやって来ればそれはそれで怒られていたに違いない。何故ナナリーを死なせたんだと。
 ユフィを見つめる。瞳がかち合う。微笑む。そんな一連の動作を、スザクは何度も繰り返す。そしてやはり好きだなあと思い出し、ルルーシュの馬鹿野郎と唱えずにはいられない。初恋と死因に関わるだなんて狡いじゃないかと駄々をこねたくなる。ルルーシュの死から自分の死までどれくらいの時間が流れたのか、生憎現在でははっきりと思い出せないのだが、結構長く持った方だと思う。何せ筋肉馬鹿の部類なもので演じるという頭を使う行いには様々に苦戦したものだから、少しくらい褒めて欲しいものだ。今目の前にいるユフィからすれば、彼女の死後スザクが辿った人生は少しばかり悲しく映ってしまったかもしれないけれど、スザクはスザクなりに満足している。そしてきっと満たされたから、こうしてユフィの下に帰って来れたのだろう。今度こそ正しく愛される為に。
 愛されてしまった。最初は想定外の過ちのように思えた。だけども今ならば、愛された分だけユフィを愛しながら、自分もまた愛されるに値する人間だと胸を張れる気がした。お日様の下を歩けないくらい非道なこともしたけれど。そもそも道なき道を開拓するような人生だったのだから道理もあったもんじゃない。縋り付こうとした規律は存外穴だらけだったのだからこれもまた仕方ない。
 仕方ない仕方ないと繰り返している内、両方繋いでいた手の片方を離してどちらからともなく歩き始めた。何処にかはわからないけれど、きっとそう長くは掛かるまい。ユフィの「ルルーシュに会ったら加勢してあげてね」との冗談に恋敵に塩を贈るのも何だかなあと渋っていたスザクだが、ユフィへの愛しさに負けてそのお願いを聞き入れることになる。
 まあ仕方ないことだ。愛されて、愛してしまった。それだけのことで、案外人生の道標は充分示されるということを、スザクは身を以て知った。そして今、スザクはユフィを愛するだけの存在となったのだ。もう、愛情で窒息死する心配はない。



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人生は一度きりだけど来世のことを考えるのはたのしい
Title by『にやり』






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