※捏造


 戦時中に休暇なんてなくて当然というものだが、プラントを離れて永らく最前戦に出突っ張りだったシンが過ごした休暇らしい休暇なんて無いに等しかった。それを疑問に思ったことはないけれど、いざ平和になってみると軍隊もただの職場みたいなものとなるらしく。超過勤務は非難の的になるからと強制連休を頂いた。丸々一ヶ月。これは逆に色々と鈍らないように自己管理を徹底しなければなるまい。そんな決意と共に予定を立てようにも自分の交友関係がザフト軍にばかり分布していることに気がついて誰もが自分の休日に遊ぶくらいなら付き合うよと言ってくれたもののそんな細々とした約束で一ヶ月を潰せる程の数にはならなかった。それならばひとりで遠出するのも良いかもしれない。プラント内だって網羅していないのだから。なんなら地球にまで足を延ばすのも在りだろう。そんな風に少しずつ突然の休暇に心が浮かれ始めてきた途端、そういえば自分が休んでいる間の仕事は誰が替わってくれるのだろうかと疑問が湧いてくる。
 シンの現在就いている職務はプラントの最高評議会議長であるラクスの護衛なのだが、これがまた楽なのである。仕事について述べるには言葉が悪いが戦場に出ていたシンからすればそれ以外に言いようがない。ラクスの纏う雰囲気が穏やか過ぎる所為もあるだろう。とても政治家とは言えない、そんな穏やかさが彼女の周囲には流れているように思えたから。それでも、いざ他の議員たちと意見を交わしたりと議会や会見に臨むラクスの姿は凛と他者の上に立つ者としての自覚と相応しさを湛えていた。そんなラクスの傍らに控えている時は、シンも自然と背筋が伸びる。それから、少し落ち込む。たった二つの年齢差がやけに膨大な時間を挟んでいるようで、世界を担うに同じ戦場を見て来た者として如何に自分の視野や見識が狭かったか。その事実を今更になって自分の未熟さとして知ってしまう。その上、ラクスがシンを甘やかそうとするからまた距離感が測りにくいのだ。贔屓だとか惰性を許すのとはまた違うのだが、アスランの元部下、乃至後輩と認識されている為見知らぬ人間よりは気安さが働くのだろう。仕事の合間に交わす雑談や貰ったお菓子等今や世界の要人を護衛しているとは思えない。
 もし自分が不在の間代理を務める人間がラクスのファンだったりしたら、彼女はどんな風に接するのだろう。自分にもそうだったように他愛ない言葉を話し掛けては優しく微笑むのだろうか。それまで自分の輪の中に存在していたかった人間が相手であったとしても。
 新参者を厭うかのような考え方に、シンは何とも言えない心地になる。ラクスの中に於ける自分の価値を過大に見積もっているのではないか。それとも、仕事であろうとも一緒にいることの価値を与えて欲しいのか。だとしたら大問題だ。尊敬はしているが、起因する感情はそこではないのだろう。ラクスは敬礼する対象ではない。
 ――独占欲とか笑えない。
 それを生む感情の名前をシンは当てたくない。だって不相応だ。

「シンは来週から休暇でしたね?」
「――へ、」

 仕事を終えたラクスを自宅まで送り届け、今日の自分の仕事もこれで終了と息を吐いたシンに、確認として投げられた言葉。気を抜いていた訳ではないが、これで別れの挨拶を交わすだけだと予想していたのでラクスの言葉へ反応が遅れてしまう。緩やかな空気でも、シンにはラクスのすることの大半が突然のことのように感じられて、よくこうして切り返しが覚束なくなる。敵襲の方がまだ機敏に反応できるくらいだ。

「はい、一ヶ月ほど。今更纏めて休まされるなんて思ってなかったんで、まだ何の予定も詰まってないんですけど」
「あら、でしたらオーブにでも行ってみたら如何です?」
「……は、」
「来週の頭から丁度アスランが所要でオーブへ参りますから、行きだけでもご一緒すればお金も掛かりません」
「……そんなケチくさい…」
「ふふ、冗談ですわ」

 交通費くらい真っ当に払える程度の給料は貰っていますよと真剣に答えるよりも先に、ラクスが冗談だと場を茶化してしまったから、シンはこの話題はこれ以上を続けていいのかどうかわからなくなる。そして冗談だったのは、休暇の予定にオーブ訪問を薦めたこともなのか、単にアスランの仕事に同行する形で交通費を浮かせばいいと発言した部分のみなのかもわからない。随分庶民じみた冗談を言うラクスに、シンは自分が彼女に抱くイメージとのズレを感じて何も言えなくなる。ラクスが、ただ民衆を惹き付ける魅力を持っただけの普通の女の子だということは徐々に気付いていたつもりだったのに、時々こういうことが起こる。結局自分の偏見で物を見ることをシンはいつまで経っても止められていないのだ。

「もしお出掛けするなら是非楽しんできてくださいね」
「……貴女の分も?」
「ええ、お願いします」
「――はい」

 そう背を押されてしまえば、シンは半強制的に遠出をすることになるのだろう。ラクスに向かって、休暇でも取って自分で地球に降りたり、友人らに会いに行く時間を作ったりすればいいじゃないですかなどと言い放つのは酷だ。それが出来るほど、ラクスに課せられた使命は少なくない。変化はいつだって遅々としか訪れないのに、その変化を迎える為にするべきことは早々に果たされなければならないのだ。それを理不尽だと叫ぶ幼さは、流石のシンも卒業したから、言えない。

「……じゃあ、久しぶりにオーブにでも行ってきます」
「あら、よろしいんですの?」
「慰霊碑とか、色々行きたいし」
「…そうですか」
「あとなんか、オーブっぽいもの、お土産買ってきます」
「―――、」
「俺あんまり他人にそういうの買ったことないんで、センスとかは期待しないで下さいね!」
「…ありがとうございます」
「……いや、まだ何にもあげてないんで、お礼とか別に…」

 同情とか、そんな感情ではない。それでも、たった二つの歳の差で。育った環境と持つ見識の違いで。世界の為とひとりの女の子が背負ったものの大きさが、シンにははっきりとわかるから。だからせめて、自由の利く自分が欠片だけでも自由の名残を運んでやれたらいいなと思っただけ。軽々しい、思いつき。それなのに、シンの言葉を聞いたラクスが、花が綻ぶように微笑んでくれたから。それから少しだけ泣きそうにも見えたから。シンは今から必ずこの約束を果たさなければと大袈裟な義務感に駆り立てられている。
 きっと、浜辺に落ちている貝殻の寄せ集めだってラクスは喜んでくれるだろう。地球の、オーブの季節は果たしてどの時期だったか。真冬だったら、色々としんどい。天候が荒れて海辺に近寄れなかったら端から無理な話になってしまうから、やはり沢山店を回っていくつかお土産を見繕った方が良いのだろうか。となれば費用もいくらかかるか見通しが利かないし、ここはラクスの冗談に便乗してアスランにお願いして行きだけ同伴させて貰った方が良いかもしれない。可愛げのない後輩からのお願いに、きっと彼は驚いて理由を尋ねるだろう。そこで素直に事情を話せば、生温い目線で見られること確実。挙句の果てにラクスに何か贈るならハロの作り方でも教えてやろうかと余計なお節介を焼かれそうだ。そんな二番煎じな贈り物をしてたまるか。想像しただけで腹が立ってくる。今でもラクスの周囲を飛び跳ねているピンク色の球体を睨みつけても、シンの感情など察するはずもなくお構いなしだ。その球体に、一瞬でもアスランの影を重ねてしまったから思わず顔を顰めてしまう。

「シン?」
「オーブ行って、さっさと帰ってきます」
「……?休暇でしょう?ゆっくりされてきては?」
「だってその間、俺の仕事は代理の人間がこなすんですよね?」
「ええ、そうなると思いますけど…。心配しなくても怪しい人間が来るはずはありませんわ」
「そうでしょうけど!なんか色々落ち着かないんですよ!」

 ――これでもしのんびり休暇を楽しんでさあ仕事だって貴女の所に来たらこれまで俺がいた場所にアスランが陣取ってたらって想像したら凄く腹立たしくなって来るんで!あ、キラさんでも同じことですけどね!
 勢いで吐き出したもしもの予想は、シンより軍の級位が上であるアスランとキラが彼の休暇中にその穴埋め仕事に回されるかといえば限りなくノーだろう。何せアスランはこれから地球に降りることになっているのだし。それでもシンの剣幕が怖いというよりも先輩に張り合い自分の仕事に特別を求める微笑ましいものと映ったのか、ラクスはあらあらといつも通り微笑んでいる。
 そんな二人のやりとりが、護衛と要人というよりもただ仲の良い男女に映ることを指摘してくれる人間はこの場にいないけれど。数週間後には、同じようにシンの休暇の思い出話に花を咲かせる二人がいるのだろう。不相応なんて、誰も言わない。


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潔癖な秩序
Title by『ダボスへ』





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