※捏造注意・15話直後設定




「キミはあまりガンプラが好きではないようだな」

 ニルスの脳裏に、メイジン・カワグチの声が蘇る。軽蔑も怒りもない、淡々とニルスの表層を読み取って投げかけられた言葉。否定するには、ニルスはその言葉通りガンプラバトルに特別な思い入れを持っていなかった。
 世界大会最終予選、第7ピリオドの時点で予選通過を決めていたニルスにはこの第8ピリオドは文字通り消化試合だった。くじ引きで決まった対戦相手は彼に手ごわいと思わせるほどの実力者ではなかったし(世界大会に出場する時点である程度の実力を有していることは理解しているが)、本戦に万全を期す為にも機体に余計な負荷をかけないよう相手を一蹴して見せた。だから、件の試合を観戦していたのはその本戦へ向けた情報収集のつもりだった。
 ニルス同様、既に本戦への出場を決めていたイタリア代表のリカルド・フェリーニと、予選通過ラインぎりぎりではあるものの本戦へ駒を進めれば間違いなく脅威となる性能を秘めたスタービルドストライクを駆るレイジとイオリ・セイ。リカルドが手を抜いて本戦へ備える可能性もあったが――寧ろニルスであれば安全策としてディス・チャージによる驚異的な破壊力を持つ彼等との衝突は避ける道を選んだだろう――、予想に反して彼等は全力でぶつかりあうことを選んだ。会場中が固唾をその勝負の行方を見守り、控室にいた出場者たちも無言で、情報収集などという打算ではなく純粋に視線を送り続けていた。そしてそれが、ニルスには不可解極まりないことだったのだ。
 世界大会に出場しておきながら、確かにニルスはガンプラに思い入れはない。この大会の為に自らの技術の全てを注ぎ込んで作り上げた戦国アストレイ頑駄無も、手段であって目的ではなかった。そしてその目的はガンプラバトルを楽しむという純然たるものではなく、このガンプラバトルを可能としているプラフスキー粒子を手に入れる為だった。10年前に発明されたプラスチックに反応する特異な粒子。その製法はこの粒子を世に送り出したPPSE社に独占、秘匿されておりいくら外部から手を尽くしても知り様がなかった。若き科学者であるニルスとしては是非ともこの未知の粒子について詳しく調査したい。知的好奇心としては、ニルスの願望はきっと純粋だった。その手段としてガンプラバトルに手を出した。持ちえた能力で勝ち進む姿は、もしもニルスの目的を知りなおかつガンプラバトルに心血を注いで生きているファイターからすれば傲慢にも無粋にも映るのだろうか。
 世界大会の間、出場者にあてがわれている宿舎への帰り道、ニルスは胸の内に湧き上がる言いようのない感情を持て余しながらぼんやりと歩き続けた。

「ニルスさん! ごきげんよう!」

 高飛車な声だった。その声音にニルスは何を思うでもないけれど、言葉遣いからして世間一般の普通からは僅かにずれていることがわかる。普段、考え事をしながら歩いているとなかなか話し掛けられても反応が遅れてしまうのだが、この時ニルスは自分の名を呼んだ声に即座に反応することが出来た。経験上、この声に呼ばれて気付かないで思考に没頭していると力尽くでそれを遮断させにくるのである。上品な言葉遣いを好む割には、短気な性格の持ち主だった。
 俯きがちだった視線を上げれば、そこにはやはりヤジマ・キャロラインが立っていた。両腕を腰に当てて、ニルスの行く道を塞いでいる。堂々とした佇まいだ。生まれながらのお嬢様、他人に傅かれて生きてきた彼女は他人の道を塞いでいるという感覚すら持たずにいるのだろう。どくべきはニルスであると言わんばかりで、勿論、キャロラインは彼に声を掛けてきたのだから退く必要はないのだろうが。

「――こんにちは、ミス・キャロライン。こんな所まで…何か御用があったんですか?」
「御用って…、ニルスさんの応援に来たに決まっているでしょう?」
「……応援ですか?」
「何を不思議そうな顔をなさっているのです? お父様があなたのスポンサーになると決めたのですから、私があなたを応援しても何の不思議もございませんわ! あなたが無様なバトルをしようものならそれは我がヤジマ商社の恥でもあるのですから!」
「はあ…」
「――? ニルスさん、どこか具合でも悪いのですか」
「いえ、少々考え事をしていたものですから」

 またしてもカワグチの言葉が蘇る。責められたわけではない。ただ自分だけに宛てられた言葉が、ニルスだけがあの会場で異質な目的を持っているように響いた。ガンプラに興味もなく、そのバトルフィールドを形成する粒子に心惹かれている。科学者としての本音を捨てられないことを認めながらも、自分だけがバトルに対して純粋でないとはニルスには思えなかった。
 この世界大会のスポンサーや全世界への生中継の放送本数といい、今や世界中がガンプラというホビーに熱狂している。その世界大会で優勝した人間にはそれ相応の見返りがあるはずだ。メディアにも取り上げられるだろうし、ガンプラ界での実績と名声は約束されるも同然だろう。そうした地位に惹かれてガンプラバトルに手を出す人間だっているはずなのだ。センスと運があれば、或いはこの世界大会にだってその手の邪な感情を抱いて潜り込んでいる人間がいないとも言い切れない。

 (言い訳を探しているみたいだな。これではまるで――)

 後ろめたいのだろうか。会場中が、若しくは世界中が熱狂したリカルドとレイジたちのバトルを前に淡々と無意味な意地の張り合いだと分析してしまう自分が。ルールに則り、正々堂々勝負はしている。戦略は卑怯とは言わない。戦うべきと戦うべきではない場の見極めを誤らないことが大切なのだから。

「ミス・キャロライン」
「はい?」
「ガンプラバトル、まだしていらっしゃいますか」
「――え?」
「あの騎士ガンダム、あれでまだバトルはしていらっしゃいますか」

 ニルスの問いかけに、キャロラインは虚を突かれて水色の瞳を瞬かせた。
 思えば、キャロラインの父親がニルスのスポンサーになったことは二人を親しくさせるには不十分な繋がりだった。それをキャロラインがライバル視しているコウサカ・チナが突然ガンプラバトルを始めたことを知ったところ、タイミングよくそのガンプラバトルの世界大会アメリカ代表であるニルスがやってきていたことに目を付けた彼女が半ば強引に彼の助力を乞うたのだ。素人だったキャロラインを短期間で、地元の小さな大会とはいえファイターとして闘えるまでに育てるということは難題だった。しかしスポンサーの娘を無碍に扱うこともできず、また美術に秀でていたことは幸いだった。絵画とは畑が違うものの物を作るということに関してキャロラインは真摯だったし、負けず嫌いは向上心と相俟って普段ならば高飛車な性格が邪魔をするだろうがニルスの教えに素直に頷いてくれた。結果的に最も勝ちたかったチナに敗れはしたものの、初心者だった彼女が準決勝まで大会を勝ち上ったこと自体御の字と言うべき快挙だった。
 あれから、果たしてキャロラインはガンプラをどう処したのかニルスは知らない。この先もチナと勝負する機会があるかはわからないし、今まで通り絵画に没頭していた方が確実といえるだろう。
 そして何より、ガンプラに手を伸ばした動機がそれ自体手段であって目的ではないというニルスとの共通点を持つ彼女の振る舞いに今は注意が向かった。
 恐らくニルスは、この大会で運よくプラフスキー粒子の実態を解明する手がかりを得たとしたら。その研究の過程で粒子を観察するにガンプラが変わらず役立つならば傍に置き続けるだろう。けれどもし、もっと優れた媒体でもって研究を円滑に進めることができるなら、世界大会に出るほどの実力を惜しげもなく封印して研究室に籠もってしまうだろう。ニルスにとって大切なのはガンプラバトルではなくプラフスキー粒子であるということは紛れもない事実なのだから。

「バトルはしていませんわ!」

 きっぱりとキャロラインは言い切った。後ろめたさもなく、ただの現状を正直に述べる快活さ。何も悪いことではないでしょうと胸を張って喋る姿勢もいつも通り。棚に飾っておくだけだとして、それだって正しいガンプラの楽しみ方だ。
 けれど、ニルスの聞きたいこととは本質的にすれ違っている。言葉足らずな尋ね方だったと訂正を挟まむよりも先に、キャロラインの唇が続く言葉を紡いでいた。

「チナさんは、あのお友達のイオリ・セイさんを応援する為にこの大会中はずっと会場に駆けつけているようですもの。バトルは当面できそうにありません!」
「あの……」
「けれどご心配なく! 次に勝負するときはわたくしが勝利してみせますわ!」
「――ええっと、」
「ニルスさんに指導していただいたのですから、わたくしも無様な姿は見せられませんもの」

 どこから湧いてくるのかわからない自信で、キャロラインはいつも通り凛と微笑んでいた。いつもならば頭の中で彼女の言葉通り事が進む確率と根拠を割り出していただろう。怒らせるとわかっているから、曖昧な笑みを浮かべて彼女の振る舞いを肯定してやることだけが無難な選択肢だった。だが今回は止めておいた。どうしてか、そうであればいいと反射的に思ってしまったから。

「お言葉は嬉しいですが、実際は僕もガンプラ歴はそんなに長くないですよ」
「――? それがどうかしたんですの?」
「へ、」
「ニルスさんは優れたガンプラファイターなのでしょう? だって世界大会のアメリカ代表ですもの。それならばその実力を誇って何の不具合があるのですか?」
「いや、不具合というか……」
「わたくしがあの短時間でチナさんと戦えるようになったのは間違いなくニルスさんのおかげなんですからそれでいいのです! このわたくしの師なのですからもっと胸を張っていなくては! さっきの向かい側から歩いてくるニルスさんときたら折角本戦へ出場が決まっているのに気落ちしているように見えてつい高圧的な登場をしてしまいましたわ!」

 それはいつものことだとは空気を読んで言わないでおく。しかし自分はそんなに落ち込んでいるように見えたのか。落ち着いているとはよく言われるが、キャロラインに指摘されてしまうとは。

「くどいようですが、本戦で無様な姿を晒すのはやめてくださいね。このわたくしが応援しているのですから!」
「――、お父様の会社への心象の為ではなく?」
「それは! 勿論! ありますけど!」

 ニルスとて過度に他者の感情に鈍い訳ではない。キャロラインが不器用なりに自分を応援してくれていることは先程から痛いほど伝わってくる。だからだろう、いつも通り冷静に取り繕ってはみても真正面から受け止めることに尻込みしてしまう。世界大会の熱気の中、自分だけが冷え込んでいる心地はニルスを揺らしたままだった。
 けれど、この勝気な少女を前にしては目指さなければならないものは勝利のみのように思えた。揺らいでも、悩んでも、見抜かれても、まずは勝たなければ話にならないのだ。その為にニルスはこの異国の地にまで足を運んだのだから。

「ミス・キャロライン、今日はありがとうございます。何だか――その、元気が出ました」
「ふふ、そうでしょう? 本戦でもわたくしが応援していると思って励んでくださいまし!」
「ええ、それは勿論。勝利の女神が見ているのなら、負けるわけにはいきませんから」
「…………」
「――? どうかしましたか?」
「いえ、突然恥ずかしいことを仰るからびっくりしてしまいましたわ」
「何か言いましたっけ?」
「いいえ、お気になさらず。では、今日はこれで失礼しますわ。これでも応援疲れしているのです。いくらどの予選も軽々と勝ち上がっているとはいえ万が一があると思うとつい力が入り過ぎてしまうみたいで」
「それは――」
「執事も待たせたきりですし、それではごきげんよう、ニルスさん! 次にお会いするときは優勝報告をしていただけたらいいですわね!」
「待っ――」

 引き留めようと伸ばした腕よりも早く、キャロラインは颯爽と身を翻し駆けて行った。執事を待たせていると言ったが、確かにこの辺りは彼女の移動手段である黒塗りの車が入ってこられる区画ではない。もしかして、自分を探していたのだろうか。ひとりで、歩き回って。

「――毎日、応援に来てくれてる?」

 声に出してみれば、いやに恥ずかしい心地がした。口元が緩んでしまいそうなむず痒さが駆け巡って、慌てて片手で覆う。これは違う、断じて違うと誰にでもなく否定の言葉とともに首を振る。
 今この邂逅で渡されたのはそんな甘さではなく勝利への期待だと言い聞かせる。そしてそれはニルス自身の目的の為に必要なことだ。他人に説き伏せられるまでもない。しかし確かに支えられてしまったことは認めよう。ガンプラへの愛がなければこの場に立つ資格がないのかと疑った。他人の評価に自身の目的の判断を扇ごうとした。愚かしいことだ。ニルスを否定するならば、それこそガンプラバトルでねじ伏せればいいのだ。その上で、ニルスが敗れた理由をこじつければいい。
 まだニルスは勝者だった。唯一ではないが、彼に敗北の二文字を味合わせるファイターは現れていない。そして彼はそんなものを味わうつもりは毛頭なかった。
 何せ彼には、高圧的でわがままな勝利の女神がついているのだから。





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きみのためなら王にもなろう
Title by『春告げチーリン』



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