セイの布団にもぐりこむレイジの視線の先には机にかじりついて、ガンプラの整備をするセイの真剣な横顔がある。彼の仕事に不備がないことは日々身を以て体感しているが、あのガンプラアイドル――キララとの一件があってからというもの過信は禁物と、ガンプラバトル後の各所パーツの確認を行っている。自分で思うようにバトルを行えないセイのビルダーとしての沽券に関わるのだろう、万全と送り出した機体が実は欠陥を抱えていて、それを理由にレイジの力を発揮する前に勝負に負けてしまっては話にならないのだ。その理屈はレイジにもわからないわけではない。セイには隠れて特訓などしてみてはいるものの、相変わらずガンプラに関する知識などレイジは持ち合わせていない。ビルドストライクの性能すらしっかり把握している訳ではなく、セイが作り上げたギミックも毎度彼の指示があって初めて理解することも多い。お互いの役割に対する依存度がまだまだ高いということなのだろう。しかし二人の目的である『ガンプラバトルで負けたくない』という最低ラインは維持しているのだから改善が必要だともレイジは思っていなかった。
 それにしても。

「なあセイ、それまだ終わんないのか?」
「うん、もうちょっと」
「お前のちょっとって全然ちょっとじゃないんだよ…」

 平日である間、世界大会予選は行われない。今日は珍しくお客にガンプラバトルを希望する人間がいた為にリン子に頼まれてレイジが相手をしてやったのだ。大会用の高スペックを誇るビルドストライクで相手をしてやることはなかったかもしれないが、最近のセイはこの機体にかかりきりになっている為に他に万全と送り出せるガンプラはなかったのである。店のショーケース内の展示用ガンプラを使用すればよかったのかもしれないが、生憎その客はセイとレイジがガンプラ選手権に出場していることを知っているらしく、下手に手を抜いていると誤解されて店の評判を落とすことは避けたかった。
 その結果。二人は見事圧勝した。レイジの操縦は一度たりとも相手の接近を許さずビームライフルでそのボディを撃ち抜き、フィールド内を悠然と飛び回る。三回ほどそんな勝負を繰り返したのち、その客は新しい別のガンプラキットを購入し帰って行った。今回の敗北の原因はガンプラの性能ではなく操縦者の腕前だと余計なことを言い募ろうとするレイジの口を塞ぎながら、セイは営業も楽ではないなと引き攣った笑みを浮かべながら「ありがとうございました」と頭を下げ、そしてさっそくガンプラ整備に取り掛かろうと部屋に閉じこもったのである。レイジはリン子に捕まり店番を手伝わされ、日も暮れて任を解かれセイの部屋を覗き込むと彼は熱心に机に向かっていた。もう見慣れた光景だ。
 レイジ本人曰く、異世界からやってきた彼は日中セイと共に学校に行くことはできない。そもそもこちらの世界に来ていないこともあるし、ラルの紹介でガンプラバトルの特訓として街中を歩き回ることもある。そしてセイと一緒にいるときは大抵特訓の成果を披露する週末の選手権予選大会と、リン子の作る料理をごちそうになる食事時であり、そのまま泊まるときは眠るまでセイがガンプラを弄っている姿を見ていたり、理解できないガンプラ談義に付き合わされたりとまちまちである。だが兎に角、レイジがセイと一緒にいるということはそこにガンプラを介在させずにはいられなかった。詳しくもない、興味があったわけでもない。ただ約束と宣誓を果たす為に操った。受けた借りはとうに返したのに、レイジは自分を泥棒呼ばわりするパン屋の店主から救ってくれたセイの前に姿を現し続ける。

「セーイー、オレ、今日のガンプラバトル完璧だったろ?どこにも機体ぶつけてないんだぜ、勿論相手の攻撃もしっかり避けた。何をそんな時間かけてるんだよ」
「うん、レイジの操縦は今日もすごかった。でも万が一ってこともあるから。これが僕の役目なんだし、もうちょっと好きにさせてよ」

 機嫌がいい方なのだろう。控えめな言い方だった。しかし譲る気は全くない意志表明。これ以上文句をつけるとセイも意固地になる。ガンプラへの愛情という、レイジには未だ理解の及ばない感情。それを、セイは並々ならぬ深さを持って自身が作り上げたガンプラたちに注いでいる。時には他人が作り上げたガンプラの完成度からその人の愛情を量るほどである。理解はまだ及ばない。しかしその強い想いが今のセイを作り上げたのだろう。否定するほど野暮じゃない。
 だが、それにしたってレイジは暇なのだ。

「ああもうお前さあ!!そのガンプラとオレとどっちが大事なんだよ!!」
「そのガンプラって…自分が操縦してるガンプラくらいきちんと名前で呼ん…で、よ?」
「―――ん?」

 レイジの叫びに、これまで作業に没頭するあまり一瞥すら寄越さなかったセイがレイジの潜り込んでいるベッドの方を見た。反射で言葉を紡ぐものの、レイジの言葉を反芻し理解が及ぶと、ありありと困惑の色を浮かべて行く。その様を一メートルあまりの距離で見つめているレイジも徐々に自分の言葉の意味を慎重に探る。
 ――ガンプラとオレ、どっちが大事?
 何とも、自分を構ってくれない恋人に「仕事と私どっちが大事?」と詰め寄る痴話げんかの様相だった。レイジの世界でもこんな現象が起こっているかは知らないが、セイには比較対象になり得ないものを強引に天秤に乗せられて怯むしかない。
 一方のレイジはといえば、自分がセイに構って貰えずに子どもじみた癇癪で相手の気を惹こうとしたことだけがしかと自覚され、男としてのプライドが傷ついた。何をそんなに必死にセイの視線を自分に向けさせようとしているのか。

「――セイ」
「な、なに?」
「今の発言は取り消しということで。ナッシング、オレは何も言ってない」
「…うん、わかったよ」
「よし!」

 気まずい沈黙が訪れることを防ぐように、意味のない宣言と知りながらレイジは自分の女々しい言の撤回をセイに訴えた。いつものレイジからはかけ離れて歯切れの悪い物言いをする彼に戸惑いながらも、的確な答えを返せないセイもただ頷く。

「ええっと…、作業終わったよ?」
「――ん」
「………レイジ」
「何だ」
「僕は、ガンプラも、レイジも大事だよ」
「――知ってる」
「そっか。…よかった」

 安堵したと、息を吐いたセイは使用していた工具を仕舞っていく。散々セイの手が止まることを願っていたのに、いざそのときが近付いてきても自分が彼と何をしたかったのかなんて全く思い浮かばなかった。ただ同じ部屋に居て、自分がこんなに傍にいるのにまるでいないかのように振舞われることがどうしようもなく嫌だったのだと、そんなことを馬鹿正直に打ち明けたらセイは笑うだろうか。あと数十秒、彼の手が工具箱の蓋を閉じて、レイジに向き合う瞬間まで――レイジとは正反対の青い瞳が彼を捕えるまで。レイジは静かに、その瞬間を早くと待ちわびる心と対峙する。比較することは叶わなかった、それでも大事だと言ってくれたセイに、「オレもお前が大事だよ」と言いそびれたことを少しだけ残念に思いながら。



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わたしの周波数を誰が理解してくれるだろう
Title by『春告げチーリン





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