――急いてはことを仕損じる。
 スザクの知らない誰かが言い出した、現代まで脈々と受け継がれてきた言葉を、視界のあまりよろしくない仮面の内側でしみじみと噛み締める。
 この仮面を生み出した人間なんかは特にそうだ。もっとじっくり時間を掛けて行けば、死なずとも世界を話し合いの椅子に着かせることだって出来たのではないか。人身掌握の術にならやけに長けていたのだし。
 だけど、それをするには彼はあまりに人間という存在を既に見限っていたのかもしれない。幼い頃に、色々と汚いものを見過ぎたし、自分がもうその汚いものに囲まれて生きていて、その中心に近い場所にいることすら客観的な目線から眺めていたような男だ。何よりも真っ先に、己を見限ってしまった悲しい男。
 彼と同じ仮面を着けた今だからわかること。
――ねえルルーシュ、君の見ていた世界はどうやら狭いね。
 視界の狭さが視野の狭さとイコールではないと知っている。ルルーシュが見て来た世界がもっと閉鎖的であったなら、もっと結果も違っていたかもしれない。賢すぎるのも考え物だ。そう言えば、お前は考えが無さ過ぎだとよく怒られたものだ。
 だから猶のこと、仮面など身に着けず触れたナナリーや、アッシュフォードの友人らが愛しかったろう。仮面の下を知っても変わらずにいてくれた仲間たちも。
 頭ばかりが賢くて、賢すぎるから単純な作業を見落とした。せめて一言、愛してると言い残してあげれば良かったのに、と。それはきっと、今の自分も同じことだとスザクは知っているが。
 それから、スザクはユーフェミアのことを考える。感謝している。一言で表してはいけないのだと思う。したくもない。ただ、最近。やはり彼女も急ぎ過ぎたのかもしれないと感じるようになった。
 もっと慎重に、熟考を重ねて行動を起こすべきだったのかもしれない。対価など支払って、強引に周囲を黙らせるのではなく、少しずつ周囲の偏見や価値観を変えていくべきだったのかもしれない。あの頃、スザクとユフィはいつだって同じ方を見ていて、つまりそちらしか見ていなかったのだ。自分たちの理想ばかり求めて、現実の厳しさを測り違えて、二人なら大丈夫だなんて夢を見ていた。そうして訪れたのは、誰も望まなかった悲しい末路。憎悪と絶望で一国を覆ってしまえるほどに赤く、深く、暗い。
 だが少なくとも、彼女の行動は世界を動かすエネルギーとなった。スザクとユフィが望んでいた方向とは真逆へと向かって訪れた結果は、今でもスザクの心の傷となっている。
 癒されることのない傷は、随分とスザクを振り回し広大でややこしい世界に彼を投げた。世間が無知に名付けた彼女の異名が耳を撫でる度に嫌悪と憎悪が胸を這い上がって仕方なかった。だけど拭き去ることも出来ない。表面だけをなぞることは正しくもないが責められることでもない。悲しみを忘れては人は立てないのだから。
 真実を知らない群衆は気楽なものだ。軽蔑しようにも、あれこそが自分やユフィが守ろうとしたものなのだと思うとスザクは心底やるせない。


 これから世界が歴史と呼んでいくであろう、スザク自身が経験した記憶をなぞりながら、彼は何度も過去と現在の往復を繰り返す。
 昔は思い出すだけで怒り他者を糾弾せずにはいられないような出来事も、今では適当な言葉で説明付けて、他人事のように遠くから映像を再生しているだけだ。
 そんな中で、スザクはいつもルルーシュとユーフェミアのことを思い出し、彼等の現在が何処にもないことが悲しくて堪らない。死んでしまった。置いていかれてしまった。何でだろうと誰に向けてでもなく問う度に、脳裏を掠める言葉があるのだ。
――急いてはことをし損じる。
 死に急いできた自分が辿った、奇妙な結末。それなりに、機会があるといえばあった筈なのに、生きている。枢木スザクという人間は死んだことにはなっているけれど、それはあくまで個人情報がそこで停止しただけのこと。
 スザクがスザクとして生きることをやめても、枢木スザクとして生きてきた頃の記憶を何一つ損なってはいないし肉体だって死んだことなど一度もない。まして自分が過去に関わった人々の中に、少なからず思い出として自分が息づいていることも知っている。自分から言ってしまうと自意識過剰のようにも思えるが、たぶん間違ってもいないのだ。
 死んだ方がマシとか、死ぬよりはマシとか。今のスザクは時折どちらが本当にマシなのだろうと考える。どちらとも、スザクには言い難い。隣で、ふと彼を見上げ瞳を揺らすナナリーはきっと、後者を肯定するのだろう。大切な人を亡くしたからこそ、そう思うのだ。
 視界の悪い仮面の裏で、スザクは言葉を発することもなしに黙々と思考に耽る。大事な人のことから、くだらない些細なことまで色々と。けれどそのどれもが上手くは纏まらず、曖昧な名残だけを置いて消えていく。
 きっと、今日も明日も、自分は言葉を発することもなくだらだらと思考し生きながらえるのだろう。何とも平和ぼけした自分の考えに苦笑する。
 世界は今、間違いなく平和だった。



―――――――――――

愛とは孤独で、旅のようなもの
Title by『にやり』





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -