シズナは浩一のことが好きだった。そう、自覚し、思っていた。けれど、ある時、ふとした瞬間におや、と首を傾げて、考えて、気が付いてしまったこと。どうやら、この想いは恋ではないらしいという真実。初恋のはずだった。焦ったり、不安になったり、心がぐらぐらと揺れたとき、浩一に贈られたネクタイピンに触れる癖がついた。そうすると、不思議と心が落ち着いたから。それは、きっと好きな人に贈られた物に、その人自身の影や熱を探して浸ることができるからだと思っていた。 けれどおかしなこともあるとわかっていたのだ。穏やかさだけが恋ではないと。特に、シズナのように感情の起伏の激しく、またそれを押し殺すことのできない激情を飼う少女にとっては。それでも、浩一が城崎や理沙子に挟まれている姿を見ても怒りがシズナの心を支配することはなく。だから簡単に割り込むこともできた。浩一の視線を自分に向けさせたいなどという恋の欲とは無縁の場所で、シズナは浩一に向かっていくことに臆すことはなかった。 浩一を好きだということに偽りはない。ただ恋ではないというだけのこと。だがそれでも、大勢に向けることのできる好きという感情では済まされないと思った。浩一が城崎と結ばれようと理沙子と結ばれようと知ったことではない。寧ろ彼がどうしてそんなに好かれているのか理解に苦しむこともある。彼より格好いい人間も、強い人間も、きっと世界には沢山いるはずだったから。そんなことを思えてしまうシズナは、やはりこのとき恋を知らないままだったのだ。 本来の用途とは違う、髪飾りの役目を負うネクタイピンに触る。心が落ち着く。浩一を想う。好きだなあと思う。それなのに、この想いは恋ではないとシズナ自身の内側から声がする。だからきっと、この特別は信仰に近い特別なのだと、シズナはそう答えをこさえることにした。
 浩一と出会う前、シズナはスカートこそ履いていたが女性らしさを意識したことはなかった。勿論、女性らしさを厭ってわざと男性らしくふるまっていたわけでもない。関西弁という口調は性格と相俟って勝気さを助長したかもしれないが、それ以上にシズナにとって大切だったのはイズナの姉であるということだった。双子の弟、ディスィーブのファクター、たったひとりの家族。イズナと一緒にディスィーブに乗り込むシズナは、彼と区別される必要性を持っていなかった。見た目の似通った、しかし日頃の格好や言動故間違われることのない片割れ。特務室の人間の誰一人としてシズナとイズナを同一としては扱わなかったけれど、別個である必要もきっとなかった。 そんなシズナを、浩一は初めてイズナと区別した。女の子なんだからと、髪を留めた。きっと深い意図は持っていなかった。それでもあのとき、シズナは気恥ずかしさと喜びを覚えて逃げ出した。性格のしとやかさで言えば彼女よりもずっと女性らしさを持っている弟よりも、それでも女の子はシズナなのだと言葉にして詳らかにしてくれた。だから、あのときからシズナは明確に女の子になった。今までだってそうだったけれど、浩一が女の子とシズナを分類したから、イズナと手を繋いで二人一組として扱われたとして、シズナは女の子でありイズナは男の子だった。そして浩一だけが自分を女の子として認めてくれているのだと、過剰な想いで彼を慕った。それはやはり、恋ではないのだろう。恋ではなく、シズナの世界を一瞬で塗り替えてしまった、照らしてしまった浩一への想い。それは絶対的な信頼と、信仰に似ている。だからその想いは揺らがない。浩一が男だろうと女だろうと、誰と結ばれ添い遂げようと、それは一方的な思慕を向けるシズナには関係のないことだ。ただその背中を見失わないでいられれば、それでいい。





 ぽつりぽつりと吐き出したシズナの想いを、目の前の男はこれはまた極論だねと笑った。睨みつけて、笑うなと叱りつけておく。けれどそれくらいで男の笑みが引っ込むことはないとシズナは知っている。
 だからシズナは男の態度に腹を立てるよりもその意見について考えてみる。極論だろうか、この想いは。首を傾げても、答えは出て来ない。だってどちらでもいいのだ。極論であるとかないとか、そんなことは。ただシズナが浩一へ抱く想いが恋でないということを彼女自身と、そして目の前の彼が分かってさえくれるのならば。

「俺、おかっぱちゃんは早瀬のことが好きなんだとばかり思ってたんだけどな」

 意外や意外、そう頭を掻く男に、シズナは呆れたように溜息を吐いた。他人の気持ちを勝手に決めつけるなと殴りかかってやる元気は生憎と残ってしなかった。
だって、これはあまりにひどい。
 女の子が、精一杯の勇気を振り絞って想いの丈を打ち明けたというのに、それなのに。「好き」の二文字に対する返答が「なんで?」だなんてそれこそなんでという話なわけで。
 こんな情けない想いをするくらいなら、本当に浩一のことを好きになっていればよかったのかもしれないと血迷った考えが浮かぶ。だがそれは逃避の可能性にもならないもしもだった。一体どうしてこんな男を好きになってしまったのか。そんな不毛な原点を探しながら、シズナはじろり男を見上げる。男は一瞬たじろいだが、直ぐにいつもの飄々とした雰囲気に戻ってシズナの頭を撫でた。そのいつも通りが、今はやけに気に食わなかった。




うめいていた命に
Title by『ダボスへ』
20130614




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