こめかみに突きつけられた銃口がごりっと音を立てた。地味に痛い。顔を顰めたけれど、生憎袋のようなものを被せられていて表情だけでは痛みを相手に訴える術がない。尤も、この被り物がなければ目の前にいるであろう、浩一を捕えた人間の顔を間近に見ることになり、そうなると悪態をつかないでいられる彼ではないので早々に頭を打ち抜かれていたかもしれない。そういう意味ではこの息苦しさを含めた不便も悪くないのかもしれない。――と考えることで浩一は煮えくり返る怒りをどうにか鎮めようと努めてはいた。
 まさか高校からJUDAへと向かう道中で誘拐されるとは思わなかった。早瀬家の浩一としてではなくラインバレルのファクターとして誘拐されたことは連中の手荒さとぽつぽつ聞こえてくる会話の内容から容易に察しが付く。加藤機関だなんて、ほいほい会話内で繰り返さない方がいいと思うのだが。その場の勢いで行動しがちな浩一にすら呆れられてしまうお粗末な行動に、加藤機関とはいえ末端もいいところの連中ということも情報の項目に足しておく。大方、ラインバレルのファクターである浩一を手土産に大出世を夢見ているような、ドラマ辺りじゃ三下止まりの動機。そしてそんな動機である以上機関からの指示に従っているわけではなく完全な独断行動。つまりファクターについての情報すら殆ど把握していないのだろう。浩一の意識を落としてしまわないのが何よりの証拠で、これではいつでもラインバレルを呼び出せてしまう。乱暴に転がされたコンクリートの上、突きつけられた銃口の上から声がする。だが浩一はそれらの言葉が日本語だと理解しても内容を情報として拾わない。ただ、頭の悪い物言いだなあと嘲る気持ちを募らせる。本当は、今直ぐにでもラインバレルを呼んで、ここにいる全員ぶっ飛ばしてJUDAに帰りたい。
 しかしせめて視界がクリアになってから事を起こした方がいいだろうと、非常時だからか逆に冷静になった思考で浩一はタイミングを窺っている。日本語の通じる相手だから、少し酸欠で苦しいとでも理由は適当に拵えれば良い。後ろで両手を縛っている縄もその気になれば引きちぎれる。最悪、銃を持った人間に周囲をぐるりと囲まれてさえいなければラインバレルを呼ぶまでもなく片付けられる。ごきっと、軽く手首の骨を鳴らしてみた。うん、不具合は、なさそうだ。浩一の瞳が、赤く不穏に煌めいた。

「――随分と余裕の様だな、早瀬」

 背後からの不機嫌を隠さない声に、浩一は気迫に負けて肩をびくりと揺らした。しかし振り向いて、声の主を確認すると「森次さんだ」と呑気に笑った。
 浩一の足もとに転がされている男たちは5人。特殊な訓練を受けた人間というわけでもなく、ただ銃を手にマキナに乗っていない瞬間を襲えばファクター相手でもどうにかなると見込んだ愚か者。バカバカしいと溜息を吐く森次に、浩一は何を勘違いしたのか「殺してないですよ!」と言い募る。

「片付いているのなら何故さっさと帰ってこない」
「だってここがどこか聞くの忘れちゃって…もしかしてJUDAから近かったりします?」
「いや、近くはないがマキナなら困る距離でもない」

 浩一は念の為と転がした男たちの手を縛ったり、靴紐を別の男の靴紐と結んでみたり、弾を抜いた銃口を口の中に突っ込んでみたりと手遊びに余念がない。傾きかけた夕日が、廃墟のガラスの差し込まれていない窓枠から伸びて浩一の笑顔を薄気味悪く照らしていた。陰影の問題だなと森次はその日を塞ぐように立ち位置を変えた。すると、手元が暗くて困ると浩一が文句を言う。黙れの意を込めて睨みつければしぶしぶとそれ以上の主張を引っ込める。だが自分を誘拐して加藤久嵩に売り渡そうとしていた連中への地味な復讐の手は止まらない。

「早瀬、もう帰るぞ。そろそろJUDAの人間も到着するだろう」
「えー?あ、こいつら取り調べたりするんですか」
「そうなるな」
「どうせ大した情報なんか持ってないですよ。だって弱かったし、頭悪そうだったし、人質を丁寧に扱うという発想がなかったし。あーこめかみ痛い」
「全体を通して悪口でしかない上に最後のは単なる愚痴だな」
「だってあいつら撃つ気もないくせに俺のこめかみにぐりぐり銃押し付けて来るもんだからホント痛くて…」

 そう、不貞腐れて唇を尖らせながら浩一はしつこく銃口を押し付けられていた方のこめかみを指差して森次に不満を訴える。別に、実際浚われても事件として成立させるにはあまりに手際が悪くもはや未遂で済ましてやってもいいくらいだった。取り調べるだけ無駄で、あの加藤久嵩がこんな役立たずを直轄に置いているわけがない。
それならば、当事者である浩一が憂さを晴らしてさえしまえればこんな連中に時間を割く必要はないというのが正直な感想だった。だが浩一の主張に、森次は眼鏡のブリッジを押さえながら本日一番の呆れを籠めて溜息を吐いた。

「お前を誘拐した連中を野放しになんてしてみろ。特務室の連中が黙ってないぞ」
「――は?」
「わからないのならばいい」
「あ、もしかして森次さん今デレました?」

 言い終わらない内に繰り出されていた森次の拳が、浩一が言葉を言い終えるのと同時に彼の頭に落ちていた。蹲る浩一を置いて、森次は踵を返す。心配するだけ損だなと呟いた森次渾身のデレとやらは、生憎浩一の耳には届いていなかった。




平行線を磁石で呼べたら
Title by『ダボスへ』
20130606






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