過保護なくらいで丁度いいのよと理沙子は言う。そうだろうなと矢島は頷く。話題の中心である浩一だけが、事態が飲み込めず首を傾げる。
 名前も言動も服装も夢さえも。早瀬浩一を形成する世界はまるで彼を男の子のように動かしてきた。泣き虫で、苛められっ子。逃げようとして弱々しい女の子の振る舞いを捨てればそれを理由に追い詰められる。そんな悪循環の中で浩一を支えてきたのは理沙子であり矢島だった。一時は信頼が劣等感に取って代わり取り返しのつかない間違いを犯した。そして取り返しのつかない場所からこつこつと、浩一は小さい頃からの夢を叶える為、誰かに望まれた自分と、自分で望んだ未来の為にラインバレルのファクターとして闘っている。
 理沙子にばれたら絶対心配されてしまうだろうから、JUDAのことも諸々秘密にしていたのだけれど、先日死んだと思っていた矢島がひょっこり帰ってきたことにより浩一の秘密は理沙子にも筒抜けとなりしこたま怒られ、抱き着かれ、泣かれた。
 これまで泣き虫だった浩一が変わってしまったと疎外感に苛まれていた理沙子の悩みは一挙に解決され、死んだと思っていた矢島は帰って来て、ファクターとして生きる以上以前のようにそっくりそのまま立ち戻るとは行かなくともこの三人に限ってはそれができるかもしれないと浩一は無意識に期待していたのかもしれない。実際は、浩一の予想の斜め上を行き、理沙子は小学生の頃よりもずっと過保護に浩一を嗜めるようになった。そしてその姿勢は矢島にも指示が徹底しているらしく、学校では理沙子、JUDAでは矢島の鉄壁を形成するに至っている。因みに早瀬軍団の道明寺や城崎は面白半分、切実さ半分で理沙子の味方に回ったらしい。おかげで浩一はここ最近自室に引っ込む以外の時間、JUDA内でひとりきりになったことがない。

「――トイレくらいひとりで行けるんだけど」
「何言ってるの!トイレの個室とか危険度高いでしょ!?」
「何の危険度!?」

 幼馴染水入らず、放課後のファミレスでドリンクバーとポテトを摘まみながら浩一の細やかな主張は理沙子に一刀両断される。こういうとき、矢島は何も言わずにただ静観している。けれど助け船を出してくれないということは、矢島は理沙子に賛同しているということなのだ。トイレの個室の危険性とは――考えてみて、トイレットペーパーが切れていることくらいしか思い当たらない浩一は、理沙子の気迫に押し込まれ拗ねたようにメロンソーダのグラスに差したストローを噛んだ。途端、矢島が頭に手刀を落として行儀が悪いと叱る。加減されているとはいえ、何も義手の方で叩かなくてもいいではないか。じとりと睨んでも迫力はないようで、矢島は微笑んで手を引いただけだった。代わりに、理沙子が浩一に抱き着く。ファミレスでこの密着度は如何なものか。女の子特有の柔らかさと甘い匂いがして、不覚にも浩一はうっとりとしてしまった。仮にも同性である。

「ううう私もJUDAでアルバイトしたいー!そうしたら浩一を危険から守れるのに!」
「理沙子…。大丈夫だよ、ラインバレルもさ、最近は前よりずっと上手く動かせるようになったから――」
「甘いよ浩一!」
「…え!?」
「危ないのは加藤機関なんかじゃないよ!敵はもっと身近に潜んでるの!」
「え?えーと?」

 力説する理沙子に、浩一は正直に「ごめん意味がわからない」と引き攣った笑みを返す。詰め寄る理沙子に、その場しのぎに小首を傾げて見せれば「畜生可愛い!」と叫んでテーブルに突っ伏した。衝撃で零れそうになる飲み物を浩一と矢島の二人で咄嗟に掴む。ほっと胸を撫で下ろして、先程からの大声に周囲の視線を集めてしまっていることに気が付いて肩を縮こませる。
 何だ何だと集まる好奇の目線に、浩一とて説明して欲しいくらいだ。小学生の頃、理沙子に心配をかけない日などなかった。その延長線上に現在があることも理解しているけれど、あの頃に比べたらずっと逞しくなったこと、浩一を苛める人間などもうどこにもないことは彼女も知っている筈なのに。それなのに、浩一に関する真実を知ってからの理沙子ときたら小学生の頃に逆戻りしてしまったかのようで、正直戸惑う。何かやらかしてしまったかと我が身を振り返れども心当たりはない。
 それに何より、理沙子から始まり矢島に繋がるまでは良しとしよう。しかし道明寺や城崎を巻き込み、気楽な傍観者を装っているとはいえイズナたちも浩一には理解できない理沙子の気持ちを察しているようだから面白くなかった。早瀬軍団と自分を中心に生まれた取り巻きとはいえ、理沙子と矢島は自分の幼馴染だという独占欲が顔を出す。みんなして浩一を仲間外れにしている、とは大仰な物言いで彼等も心外だと怒るだろう。けれどそれにしたって言葉足らずが過ぎると思うのだ。
 完全に不貞腐れてしまった体を隠さない浩一に、事態を静観していた矢島が溜息を吐いた。仕方がないなあという、お兄ちゃんぶった、浩一と理沙子をひとまとめにした温かい、雑な態度。根が真面目だから、こんがらがったものは迅速に整頓したがる。例えば、そう、こんな状況を。

「浩一が高校生になって制服もきちんとスカートにして、髪もちょっと伸ばしたり、女の子らしく振舞うのがさ、嬉しい半面寂しいんだよ。理沙子も、俺も」

 きっとそれが、最も的確な言葉だったのだろう。こてんと本日何度目かもわからない小首を傾げる浩一の動作。頭の回転は速くない。しかし頭自体は悪くない。中学時代は男子生徒の制服で押し通した浩一が、菱美高校に入学するのを機に女子生徒の制服に袖を通したことは彼女の周囲に多大な衝撃を与えたのである。
 けれどそれがどうして過保護に繋がるのだと明瞭な筋道に辿り着けない浩一の隣で、理沙子が呻きながら上体を起こしまた浩一に抱き着いた。何と本当に泣いている。ぎょっとして、慌てて鞄からハンカチを取り出して理沙子の顔に押し付けた。拭われるばかりだった浩一は、どうも上手に拭ってやれなかった。

「浩一を娶ろうなんて百年早いんだから―――!!!」

 理沙子の腹からの怒声に、とうとう浩一たちはファミレスの店員に怒られた。へこへこと頭を下げながら、浩一は漸く合点が行く。隣でぶつぶつと呪詛の言葉を呟く理沙子は少し怖くて、言い訳やら訂正やらを挟む隙間はなかった。兎にも角にも、愛されているということでいいのだろう。確認するように矢島を見れば、困ったような、曖昧な笑みながらも頷いてくれた。
 さて理沙子の切実な呪詛の念が届いたのか否か。JUDA本社の社長室、石神に呼び出され次の仕事の説明を受けていた特務室室長森次玲二は珍しく盛大にくしゃみをした。風邪かと心配する声に大丈夫と返すこの男、実は早瀬浩一の恋人であり、浩一が女の子らしさに目覚めた元凶だったりする。




賑やかなさらわれ方
Title by『ダボスへ』
20130605




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