ウェンディは怒っていた。怒っていたというよりは悲しかったのかもしれないし、悲しかったというよりは憐れんでいたのかもしれない。兎に角、理路整然と説明することのできない大きな感情の渦がウェンディの、それほど大きくはない胸の内側でぐるぐると外に出ようともがいていることだけは事実だった。その混乱は、ウェンディの大切な幼馴染であるキオを思えばこその働きであり、それ故に彼女はどんな無茶だってできるはずであり、またしてはいけないのである。キオに心配を掛けることをウェンディは厭う。どちらかといえば、キオを心配し、信頼し、彼の帰るべき場所で待っていることが彼女の役目でもあった。本当は、もっとキオの為に何かをしてあげたいという意志はいつだってあった。ただオリバーノーツで突如巻き込まれ乗り込んだ戦艦の中でウェンディは自身の役割を果たすことで手いっぱいだった。想いだけが一丁前に成長して行動に移せない。そのもどかしさを、ウェンディは自身が子どもであるからだと思うことにした。けれどそうやって子どもであることを言い訳の依り代にしてしまえば、子どもながらにガンダムに乗り込み戦場に赴くキオのことを思い歯痒くなる。そうして結局は、私はキオの帰る場所でキオの為に出来ることをするという初めからわかりきっていた結論に帰ってくるのである。
 では、これはキオの為にするべきことなのだろうかと自問する。ウェンディは今相当恨みがましい顔をしていることだろう。彼女のそんな視線を受け止めることを強いられているアセムは目に見えて困ったように眉を下げている。渦巻く感情の激しさは変わらないが、ウェンディはアセムの表情を作る内側の穏やかさを見抜いていた。きっと、戦火の途中、宇宙海賊の首領として向かい合っていたのならばどんなにウェンディがすごんで見せても効果はなかっただろう。
 アセムとウェンディの間には特別親しみを生むような接触はない。ただアセムはキオの父親だったから、ウェンディとしては意識しないではいられなかった。自分の生まれた日に父親は死んだと聞かされて育ったキオが、そのことを寂しいと唱えたところを聞いたことはない。優しい家族に囲まれてはいたけれど、忙しい人たちだった。軍から退いた祖父がキオに付きっきりになり、根が素直な少年が祖父に懐きお祖父ちゃんっ子と形容されるのも自然な流れだった。それでもキオの父親はアセムであり、キオを何処にいても、どんな時であっても子ども扱いできるのもきっとアセムだった。例えそれが戦場で、キオが無茶で無謀な理想を掲げていたとしても。たったひとり、戦場でキオの理想を肯定してくれたのが父親だった。
 だからだろうか、ウェンディから見てもアセムを前にしたキオは随分幼く映るのだ。十三年間の空白を埋めるように、甘えたがっている。アセムもきっとそれを拒まない。しかしどうしたってタイムラグは存在している。曲がりなりにも母や祖父母に愛されて生きてきたキオと、宇宙海賊なんて荒くれ者を束ねてきたアセムとでは、家族という絆に対する接し方が違うのだ。大人は子どもを裏切るものだと、キオは今更に知らなければならない。それがウェンディには不憫でならなかったし、十三年間も宇宙をほっつき彷徨っていたのだからもっと真摯に息子との時間を確保したらどうなのとアセムを睨みつけてやりたくなる。アセムとキオが普通の親子に戻るには、長年の別離と同時にアスノの名前が背負う責任が邪魔だった。戦争が一応の収束を迎えても全てが解決したわけではない。ヴェイガンの人々が地球に帰りたいと願っている、その戦争の動機を汲み取ってやらなければ彼等はまた武器を取るだろうし、破壊しきれていなかったEXA‐DBの行方も放っておくことは出来ない。そんな数々の事後処理に、アスノ家の面々は軍人でも政治家でもないというのに第一線から指示を出し、行動しなければならないのだ。
 出来ればもうキオにガンダムには乗って欲しくない。それはウェンディの願いである。勿論、キオが行きたいと言うのならば止めないし、彼の帰りを待つと一度定めた誓いを事態が好転したくらいで翻す薄情者ではない。ただ少しくらい嘗ての日常に回帰してもいいじゃないかと思うだけ。きっとアセムも親として、大人としてキオに同じ願いを託している。その結果、自分に振ってくる仕事が膨大になる。それがどれだけキオに物足りない想いをさせているのか、果たしてアセムはわかっているのだろうかとウェンディは首を捻る。キオは、たとえ忙しく戦艦に乗り込むことになったとしてもアセムと一緒にいられる方が嬉しいに決まっているのに。
 それなのにこの人ときたら――!

「何で自分の誕生日に仕事なんか入れてるんですか」
「――え」
「キオが一体いつからお父さんの誕生日をお祝いしようと計画していたか知らないんですか。凄く楽しみにしてたんですよ。プレゼントを用意する為に地球の裏側まで行きかねない勢いでガンダムまで持ち出そうとしてお母さんに怒られちゃったんです。貯金だって全額はたく心意気でしたし、何なら料理にだって挑戦するって言ってたし、一ヶ月前から楽しみ過ぎて眠れないって学校でふらふらしてとうとう寝不足で倒れて保健室に運ばれたんですよ。それでもお父さんにばれないように頑張ってたんです。はっきりいって幼馴染の私でもかつて見たことのない浮かれっぷりだったんですよ。それなのに!」
「…………」
「お父さんが誕生日に仕事が入ったって知ってからのキオの萎れ様ときたら!目も当てられません!!」
「……申し訳ない」
「そう思うんだったら今すぐ仕事をキャンセルしてください!!」
「えっ――!?」

 大人の都合なんて知るか。ウェンディは腕を組んで、幼馴染の父親、嘗ての連邦軍エースパイロット、宇宙海賊ビシディアン首領を前に一歩も引かない。寧ろアセムを押し込む勢いで捲し立ててやった。
 アセムがキオたち家族の元に帰って来てから、キオは父親の誕生日を心待ちにしていたのである。何せ生まれて初めて父親の誕生日を祝えるのだからと気合も充分であった。ウェンディがそんなにはしゃいでいたら本人にばれてしまうから落ち着きなさいと何度言い聞かせても効果はなかった。
 しかし誕生日一週間前になって当日に仕事が入ってしまったとしれっと報告してきたアセムにキオは表面上は笑顔を取り繕いながらも激しく落ち込んだ。それはもう、このまま再起不能に陥るのではないかと心配する程度に激しかった。その上アセムは息子に元気がないことは何処となくわかるのだがその原因には全く心当たりがないと言わんばかりに戸惑っていたのである。その自身への無関心さに、ウェンディは腹が立ったのだ。キオがどれだけ父親に甘えたがっているか、親としての一方的な愛情を注ぐのではなくどうか息子からの想いを受け止めてくれないか。そう訴えかけるつもりが思いの外威圧的になってしまったのは子どもだから、感情の処理が追いついていないのだということにしておいて欲しい。
 本音は、キオがアセムの誕生日お祝い計画に没頭している間、ウェンディがキオに半ば放置され悔しい想いをしながらも父子間の楽しみを思えばこそ耐えていた寂しさを無駄だと粉砕されたことへの怒りもかなり混じっていることは秘密である。
 ウェンディの願いはキオが幸せであること、そんな彼の傍に寄り添えること、それだけだから。可愛い息子の為に仕事のひとつやふたつ放り出してくださいとアセムに要求することくらい、彼女は当然の権利として持っている――ということにしておく。




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わたしの願いごと
Title by『魔女』


アセムの誕生日(6/23)前に書き始めて、ゼハートも同日だから戦後あまり自分の誕生日が好きでなくなってしまったアセムとキオの話を書くつもりがとんだキオウェンになった。





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