※未来捏造
※キオウェン←ルッカ



 ルッカの初恋の相手はキオだった。厳密にいうと、大好きだったウェンディという少女が恋をしていたから、ルッカもキオに恋をするようになった。
 オリバーノーツの街がヴェイガンに襲撃されて、両親とも離れ離れになり取り残されてしまったルッカたちの前に颯爽と現れて助けてくれたのはキオだった。そうして、もう大丈夫だという安堵に、小さな身体に張りつめていた恐怖を知ったルッカを抱き締めてくれたのはウェンディだった。家族の元に帰れない寂しさは、休まることのない戦闘の緊迫に紛れ、その緊迫を解してくれるウェンディの微笑みに守られていた。
 ディーヴァに乗り込んでいた頃のルッカは、いつもウェンディに引っ付いていて、彼女が追い駆けて探してくれる前提がなければなかなか傍を離れようとしなかった。目前の脅威がされば直ぐに退屈を持て余して遊びたがる、手の掛かる子どもの世話を三人分も押し付けられれば、その方がウェンディには都合が良かっただろう。けれどきっと、彼女はルッカの中に膨らむ好きという気持ちを正確には見抜いていなかったように思う。嫌いな人などいなかったし、過ごす時間の長さが懐きの度合いを強くしただけだと思っていたに違いない。
 当時まだ小さかったルッカにとって「ウェンディお姉ちゃん」とは大人と大差ない、頼れる、自分を守ってくれる母親の類似品だった。けれど、本当の母親が介入しない日々の中でルッカのウェンディへの好意は本物であったし、彼女の優しさもその場しのぎの義務感でこさえられたものではなかった。
 整備士たちにお弁当を配るウェンディの口真似をしてみたり、ひとりしか座れない膝の上を独占してみたり。他の二人の子どもよりもずっとウェンディと手を繋ぎたがった。拒まれないことを知っていた。困らせるような、どうしても手を離せないタイミングでは我儘になってしまう言葉を飲み込むことをルッカは知っていた。
 けれど、どれだけ幼さを武器にウェンディを繋ぎ止めてみても敵わない相手がいることも知っていた。キオという、ルッカにとって命の恩人とも呼べる人。ウェンディは、キオに対しては彼が駆け寄らずとも彼女の方から近付いて行った。案じ、励まし、守られていた。その自然な強固さを、ルッカは羨んだ。ウェンディからの干渉が大半だとして、それでもルッカはキオが自分からウェンディお姉ちゃんを取り上げてしまうと不満に思った。キオはそんなルッカの可愛らしい嫉妬心など見向きもしないで、ディーヴァに乗り込む前から隣に居たウェンディを平然と受け流していたのだろう。ウェンディだけはずっと自分の傍にいるとでも思っていたのなら、大した傲慢だった。自覚的でない分、それがキオの子どもらしさだったのかもしれない。だがキオやウェンディ以上に子どもだった、家族から引き離されていたルッカには、繋いでいたウェンディの手が解かれてしまうことは堪えがたい悲しみだった。

「お姉ちゃんたちはこれからとても怖い所に行かなきゃいけないから、みんなはパパとママと一緒に帰りなさい」

 そんな大人びた言葉で放り出された日のことを、ルッカは今でも忘れない。強い少女だった。義務でもない、血の縁もないキオと共に戦場に残るウェンディの、自分たちを手放す薄情を泣き喚いて責めた。怖い所に行くとしたって、守ってくれるんでしょうと縋り付いて一緒にいたかった。困ったように笑いながら、ウェンディは初めて抱き着いてくるルッカを引き剥がした。それがとてもショックだった。自分たちと別れた後、ウェンディも寂しさに声を上げて泣いたことを、ルッカは知らなかったから。
 怖い所に行かなくて済むように、安全な場所に戻れるように、ルッカたちは両親と再会を果たしたはずだった。けれど、自分たちの知らない場所でウェンディや、キオが死んでしまうかもしれないという漠然とした恐怖は幼心に引っ掛かった。戦争が終わらない限り、怖くない場所なんてないということを、ルッカは身を以て知ったのだ。


 よく晴れた日だった。この日の為に購入した靴は踵が硬くて少しだけ歩きにくかった。けれどもう、小さな子どもには広すぎる艦内を駆け回って、隠れて、飛び跳ねる幼さを捨て去ったルッカには大した問題ではなかった。きっと今日はそれほど歩き回る必要もないはずだったから。
 稀有な境遇が手伝って、ディーヴァを降りても変わらず親密な友人として育ったユウやタクを招待客の待合室に残してルッカはホテルの廊下を歩く。絨毯張りの床は足音が立たなくて、折角挑戦したヒールの高さと軽やかさが一向に音として響かないからつまらない。
 今日はルッカの大好きな人たちのめでたい門出の日だった。結婚式に出るのは初めてで、どんな言葉を掛ければいいのかも、どう立ち振る舞えばいいのかもわからなかった。けれどどうしても式が始まる前に会いたい人がいて、ルッカは新婦の控室に向かっている。本当は、家族でもないのに勝手に訪れては迷惑になるのかもしれない。それでも彼女ならば、笑って迎えてくれるような気がする。
 戦争が終わって、徐々に復興が進んだオリバーノーツにルッカたちの家族が帰郷を決めて、懐かしい風景の中で再会した二人の男女の姿に泣きながら飛びついた時、ルッカは理解した。私の大好きな彼女は、彼と共にあってこそ輝く人だったのだと。彼はルッカから彼女を取り上げるのではなく、隣にいて、それが自然なことだったのだと。その時から、ルッカの初恋は大好きな少女を透かしてひとりの少年に向かい、種のまま芽を出すこともなく埋まっている。
 目当ての部屋の前に辿り着く。耳を澄ましても、中から音は聞こえない。誰もいないのならば、気安い。柄にもなく緊張していたらしく、肩に入っていた力を抜く為に一度深呼吸をしてから扉をノックする。昔のルッカのままだったら、彼女の部屋を訪ねる際にノックなどしなかった。自動ドアが開くと同時に飛び込んで、名前を呼んで、抱き着く。そして見上げればそこにはルッカの大好きな微笑みがあった。
 扉の向こうから「どうぞ」と声が返ってくる。出会った頃と変わらない、けれど少しだけ落ち着いた、大好きな声。

「――ウェンディお姉ちゃん!」

 そう、扉を開けたルッカの目に飛び込んで来たのは、純白のドレスに身を包んだウェンディの柔らかな微笑み。今日、ルッカの大好きだったウェンディはキオのお嫁さんになる。それが少し寂しくて、とても嬉しかった。



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始まりの光は突然やってきました。
そしてそれが、わたしの生涯を照らす灯火になったのです。
Title by『わたしの知るかぎりでは』





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