きっとこれは神様からの贈り物なのよ。
 そう呟いて微笑んだルナマリアを、シンはまるで神様のようだと眩しそうに見つめた。彼女の腕の中に眠る新しい命は、擽ったそうに鼻をひくつかせた。
 奇跡みたいなことばかりだと、シンは自分とルナマリアの縁を形容する。同情の馴れ合いから始まった愛は、正しい恋だったと自覚する方が難しかった。それでも、取り返しのつかないことになる前に引き返せたことに安堵する。先の大戦で、自分の弱さを痛感するばかりで終わったシンの傍に、ルナは変わらず居続けた。錯乱にも近い状態で、シンがルナを攻撃しようとしたことに、気付いていない訳じゃないだろうに。
 都合の悪いことに目を伏せ合ったような二人だから、自分達の関係を恋人と言い表して良いものか躊躇った。それでも、ルナはシンに以前より少しだけ大人びた笑顔でこれからも傍にいると言ったから、シンもまた彼女と共にありたいと願うことに罪悪感を覚えたりはしなくなった。
 終戦後、プラントでまた軍人として生活を始めた。ルナマリアは、シンにオーブに戻らなくて大丈夫かと尋ねたが、彼は大丈夫だと頷くしかしなかった。シンは、彼女がさほどオーブに思い入れがないことを知っている。それに、漸く終戦しプラントに安定して戻れるようになったのだから、彼女は家族の下に帰ると思った。だから、シンもプラントを選ぼうと決めた。少なくとも、自分の家だってそこにあるのだから。
 数年間、ごくありふれた恋人同士として過ごした。周囲の人間に急かされるように結婚を意識して、具体的に指輪やらプロポーズやらの算段に入ると不意に昔の記憶が蘇る。シンは、その瞬間が何より怖かった。幸せを噛み締める為に、何故悲しみや苦しみといった不幸に飲まれなくてはならないのか。それが、過去の自分の幼稚さや傲慢さ故に守れず、奪った命への責任だと言われれば逃れようもない。
 それでも、未来を共にと願ったルナマリアとだけは、過去に縛られずにいたいから、シンは意を決して彼女にプロポーズし、そして受け入れられた。まさか断られるとは思っていなかったが、緊張はするものだと知った。
 プラントの、コーディネーター同士の婚姻に対する一番の問題である子孫繁栄に関しては、ラクスが最高評議会議長に就任してからだいぶ改善されていたらしい。オーブ育ちのシンには実感しにくいことだったが、子が成せないというだけで結婚が祝福されなかったり、そもそも認められなかったケースも多々あるらしかった。

「シンは子ども欲しい?」

 結婚前に、ルナに聞かれた際、考えなしに頷いてしまったことをシンは申し訳なく思った。実際、それ程子どもに執心はない。ルナがいてくれればそれで充分だった。自分達の間に子が成せるか、ルナは気にしているのだろうか。隣の彼女の横顔を覗き込んでもさっぱりわからずに、シンはこの話題をそこで放り出した。
 そんなに頭を悩まさずとも、シンとルナマリアの間に子どもは出来た。結婚から数ヶ月してのことで、家族のいないシンは取り敢えず友人と、どうカテゴライズすべきかわからない知り合いのキラとラクスに報告をしてみた。それから思い出したようにアスランにも。ただプラントには子持ちの知り合いがいないし、アドバイスなどが貰える相手もいなかった為、シンはこの件に関しては自分は役立たずになりそうだと若干の焦りを覚えた。
 一方で、初産であるはずのルナマリアときたら成るように成ると構えたまま穏やかに日々を過ごしていたのだから、シンは母は強しと感嘆したものだ。ルナはプラントに両親が存命だったので、シンよりも安心していられたのかもしれない。
 父親になる自分も、母親になる彼女にも、さして間近に迫った問題としてとらえきれないまま、日に日に膨らんで行くルナマリアの腹に手を添える。この中に命が脈打っているなんてどうにも信じがたい。
 こんなに長い時間をかけなければ生まれ出てこれない命が、戦場ではほんの一瞬で消えていく。誰かの大切な人が、私怨など一切ない見知らぬ他人の手で消されていく。自分を殺す人間の顔を知らぬまま逝くことが、幸か不幸かは、未だ生きているシンには判じ難いけれど。今はまだ、そんなことは知りたくないと思った。生きていたいと思ったった。生きていて欲しいと思った。我が儘と言われても、シンはただ願っている。


 生まれてきた命は、不思議なことに金色の髪をしていた。シンとルナマリアのどちらの色も受け継いでいない我が子を見つめ、次いでお互いの顔を見合わせて笑った。

「きっとこれは神様からの贈り物なのよ」

 瞼の裏に浮かぶ懐かしい人影をシンとルナは共有するようになぞる。
 もう二度と会うことの出来ない友人と、守れなかった妹のような存在だった少女。大好きだった二人は、巨大な争いの中で散ったたった二つぼっちの命だった。そのたった二つぼっちが、どれだけ尊かったかを語るには、シンは上手く言葉を手繰れない。
 神様なんて、いるわけもない。本当は、シンもルナマリアも無神論者に近かった。それでもらしくもなく語ったのは、そこに奇跡を信じたかったから。優しい輝きを放つ色を持って生まれた命に、何を期待するでもなく、信じたかった。
 微笑みながら自分を見つめる彼女こそを、シンは神様みたいだと告げたかった。だけど頭の隅であれが母親になった女性の顔つきなのかもしれないとも思えた。

「シン?」
「…大袈裟かもしれないけど、俺、生きてて良かったって思う」
「そうね、本当にそう」
「守るよ。二人とも、絶対」

 神様がくれた贈り物を、神様はきっと守ってはくれないだろう。それは、父親になった自分の役目だ。
 シンの言葉に頷いたルナマリアが、彼の意とすることまでを汲み取ったかはわからない。それでもいいと思った。
 彼女の腕の中、眠る命は誰からの贈り物だとしても、自分等にとっては天使に違いなかった。



―――――――――――

僕は曖昧にも残されている
Title by『オーヴァードーズ』





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -