※パラレル




 鍵を差し込んで、回す。受け取った合鍵は、母親と自分の分で二本だけ。仕事の都合上、大して離れていない場所にマンションの部屋を借りているアセムの元にキオは遊びにやって来た。連絡は、父を驚かしたいという子どもらしい悪戯心から入れていない。本人が不在でも、その為の合鍵だと気に病みもしなかった。
 しかし、開けようとして掴んだドアノブが動かなかった。時間帯としてはアセムはまだ仕事に出ているはずで、だから呼び鈴も鳴らさずに鍵を取り出したのだ。まさか不用心に閉め忘れたのではと再度鍵を回し扉を開ける。見慣れたアセムの靴はない。しかしその代わりに、見たことのない男性用の靴が一足。普通ならば、アセムが新しく購入した物だと思うのだろう。だが幸い、キオはそんな希望的観測を含めた勘違いには陥らず、父さんには似合いそうにないという意見ともう一つ、Xラウンダーという日常生活ではさほど活かせない能力を根拠に睨むような視線を室内に向けた。

「――誰かいるの?」

 後ろ手にドアを閉めて、キオは声を張る。上手く気配を探ることは出来ない。だがじっと動かずにいると、廊下を抜けたリビングで物音がした。泥棒だろうかと警戒心が高まっていく。そうであるならば、キオが子どもであることを考えれば今すぐにでも再度ドアを開けて逃げ出すのが正しい。どれだけ高価な物を盗まれたとしても、子どもの身の安全と比べるようなアセムでもなく、またこの家に盗まれて取り返しのつかないものなどなかった。それは質素な、最低限の家具しか配置されていないことを知っているキオにもわかる。
 だがキオは逃げない。それもやはり、Xラウンダーとしての直感だ。キオ個人として、この先にいる人物に対して友好的な気配を感じない。だが逃げ出す程絶大的な脅威とも思えない。だから戦って勝つ。それが幼い、だがれっきとした男であるキオの決意だった。何より大好きな父親の部屋を荒らすような不届き者を成敗せずに放置するなどとキオには出来るはずがなかった。

「――?誰だ?」

 玄関からの声と気配に、中から声が返ってくる。落ち着いた、男性の声だった。リビングと廊下を区切るドアにはめ込まれた曇りガラスに影が映る。父の背丈より少し低い、キオよりはずっと高い影。ゆっくりとドアが開く。その緩慢な進捗に、キオは靴を脱ぎ、膝を曲げる。地面に手をついて、構える。そして相手の姿がはっきりと見えた瞬間――。
 クラウチングスタートによる突撃は結果として成功し、相手はキオの頭部をもろに腹に喰らって背後に吹っ飛んだ。肩で呼吸をしながら相手の姿を確認したキオは、眼下でひっくり返っている人物が自分よりわずかに年上なだけの青年であることに驚いた。空き巣なんて犯罪に手を染めなければならないような齢にはとても見えなかった。複雑な事情があるのかもしれないが、身なりは上品だし、生活に貧窮しているような空気は微塵も感じられない。

「…貴方は誰!?父さんの部屋で何をしてるの!?」
「――父さん?ああ、アセムの子どもか…」
「……父さんの、知り合い?」

 暫く痛みに呻いていた青年は、キオの糾弾にその視線を向け、キオを視界に収めると納得したかのように頷いた。よくよく見ると整った顔立ちの青年は、果たしてアセムとどんな関係であるのか。晴れない疑念を抱えたまま取り逃がすことだけはしないよう、キオは玄関へ通じる唯一のドアの前に立ち塞がり続けている。

「私はゼハート・ガレット。アセムの高校時代のクラスメイトだ」
「…もっと上手い嘘を吐いてよ」
「失礼なことをいうな。どこが嘘だというんだ」
「どう見ても貴方は父さんと同い年には見えないよ!」
「……むっ」

 痛い所を突かれたと言わんばかりにゼハートは眉を顰める。キオに言わせれば、大人びて見られても成人しているかどうかの青年が、41歳であるアセムと同級生であるなどと一目見れば嘘だとわかる。もしかしてこの人は頭が悪いのではと呆れる視線を向け始めると、ゼハートどうしてかキオに向かって「可愛げのない子どもだな」と失礼な言葉を吐き捨てた。
 その言葉が、結局ゼハートが何故アセムの部屋にいるのかわからないままでいるキオとの再戦のゴングとなった。



 アセムが自宅のドアノブに手を置いた瞬間、背中に走った妙な予感。Xラウンダーでもない自分の勘を当てにしてもいいものか。しかし我が家の前で悩んでも始まらないとあっさり思考を放棄しドアを開ける。鍵は閉まっていなかった。そのことに、どうしてかこの日のアセムは頓着しなかった。
 リビングから人の気配がすることには家に入って直ぐに気が付いた。しかしアセムは家族に合鍵を渡していたのでそのことにも仰天しない。見慣れたキオの靴と、それからもう一足。その一足に対してのみ、アセムは妙だなと首を傾げた。心当たりはあるけれど、此処にいる筈がないと思ったから。
 そしてリビングから派手な音。慌ててリビングのドアを開けると、そこには旧友の腹に馬乗りになって殴り掛からんばかりの勢いの息子。直前の音は二人のすぐそばに在るローテーブルからテレビのリモコンやらが落下した音だったようだ。

「キオ!お前何してるんだ!」
「不法侵入者を退治してるんだよ!おかえり父さん!」
「ああ、ただいま…じゃなくてゼハートも!どうしたんだ一体…」
「お前の息子が俺を不法侵入者扱いするから応戦しているまでだ。無論手加減はしている!」
「いや、本当にお前どうやって入ったんだ…。鍵、持ってないだろう」
「……………」
「やっぱり不法侵入したんじゃないか!」
「だがこれで私とアセムが顔見知りだとは証明されただろう!」
「あー、うん、キオ。いったん退きなさい」
「………わかった」

 渋々といった体でゼハートから離れたキオはアセムに駆け寄って抱き着く。ゼハートへの警戒心は一切解かずに剣呑な視線を送り続けている。
 上体を起こしたゼハートも、とっくみあいで乱れた髪だとか服を適当に直すとキオに一瞥をくれて直ぐに逸らした。その頑なな二人の態度が、初対面から最悪な印象を抱き合ったであろうことをアセムにありありと伝えてきて頭を掻くしかない。何故、人当たりが悪い者同士でもないだろうに初対面で殴り合いにまで発展したのだろうか。部屋に入れるはずのないゼハートがいることよりも、アセムは意識して問題点をキオとの関係に絞ることにした。自分が鍵を掛け忘れたのかもしれないし、時々世間知らずな一面を発揮するゼハートの突飛な行動に毎度言及していたのでは疲れるだけだ。
 ――だが。

「で、ゼハートさんはどうやって父さんの部屋に入ったの」
「鍵を使って入ったに決まっている」
「は?今父さんがあなたは鍵を持っていないって…」
「何を言っている。鍵など簡単に作れるだろう?その為の業者だ」
「…………」
「父さん!この人やっぱり駄目だ警察を呼ぼう!」

 アセムの硬直に、ゼハートの行動が父に無断で行われた犯行であることを感じ取ったキオの怒りは真っ当に爆発する。
 近くにある物を手当たり次第投げつける。終いには宝物と肌身離さず持っているAGEデバイスまで投げようとしたくらいだ。
 ゼハートは、自分の行動の何が目の前の子どもを激昂させているのかが理解できずにただ持ち前の能力でキオの攻撃を躱す。
 アセムは収集のつかない事態に頭を抱えながら、これではキオにゼハートが高校時代の同級生だと説明しても全く納得して貰えないだろうなあと遠い目をしながら縋るような気持ちでロマリーを呼ぶべく携帯を取り出した。周囲が騒がしくて聞こえないと言うロマリーの為に、アセムは自分でも把握しきれていないキオとゼハートの険悪さを数回にわたって説明しなければならなかった。



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そういう日とは向かい合えない
Title by『ダボスへ』





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