※ロマリー→アセム←ゼハート




 ゼハートがアセムに対して抱く感情を、ロマリーは少女の過敏な勘で以て執着と名付けた。恋と名付けなかったのは、彼等が男同士だからだとか、ロマリーがその手のことに偏見を持っているからだとか、そんな理由ではなかった。単に、あまりに歪に見えたから、それだけのことだった。
 シャーウィーたちと話し込むアセムをじっと見つめている。彼等の意見が纏まってゼハートに意見を求めようと振り返る。ゼハートの更に後方に立っているロマリーには彼の表情は一切見えない。しかしわかってしまうのだ。ゼハートの、アセムの背に向かう視線は剣呑な程に鋭い。ピリッと肌を刺す空気を、経験の乏しさも手伝ってロマリーは切なさや恋しさを含まなければ恋ではないと思っていた。けれどアセムが振り向いた途端、ゼハートとだけ向き合った途端、がらりと変わる雰囲気に、ロマリーはただ呆気に取られるしかなかった。
 女の子同士の、密やかでいて露骨な棘の刺し合いに似ていた。悲しい哉、アセムはそんな棘で足場を壊されそうになっていることに気付けない。彼の、選べなかった家名の所為で心に生まれた隙間は、友人という存在に外壁ばかりを塞がれて、心の生傷はいつだって癒せやしないくせに瘡蓋にはできると思い込んでいる。そしてこのMSクラブに在籍している人間が、アセムにとって友人と呼べる掛け替えのない存在だった。その複雑でいて純粋な在り方が、ロマリーにはむず痒くゼハートには苛立ちすら含んだ強欲を生む。誰だって、好きな相手の特別な人間が自分だけであったらそれはとても幸せなことなのだから。
 きっとゼハート程ではないのだろう。それでもロマリーもまた、自身がアセムに向ける感情は恋ではなく執着なのだと自覚している。彼女も窮屈な家名に囚われて、同じように生きにくそうなアセムを見つけた。けれど彼は周囲の期待に応え、笑っていた。だから気になって、近付いてみた。彼と同じMSクラブに入ったことは、もしかしたら両親への初めての反抗だったのかもしれない。
 アセムは優しかった。女の子であることがこのクラブの中で彼女に特別を与える理由になったとしても、ストーン家の令嬢という肩書が彼を畏まらせなかったことが嬉しかった。その喜びが心地よさになって、ロマリーはアセムの傍にいることを望む。それは恋ではないはずで、けれど、ゼハートが入部してから妙に馬が合うのかアセムと彼が親友と呼べるほどの親しさを見せ始めると彼女の胸は握り潰されたかのように痛み、重くなる。何故そんな近しく在れるのか、ロマリーにはわからない。自然と吸い寄せられる視線の中で見つけてしまったゼハートの歪み。出会ってからずっと変わらないアセムの純朴さ。同じ天秤に乗りもしない、他人同士を強引に比較して彼女は理解した。ゼハートもきっと自分と同じなのだと。些細なきっかけでアセムに惹かれ、近付いて、囚われた。特別ではないからこそ貰える優しさを占有したがる癇癪は、きっと言葉にすることは叶わない。
 けれどもしも、アセムがこのクラブガレージの外側で出会った異性と恋に落ちてここを去ってしまったら。そんなことを考えると全く心穏やかでいられないのだから、身勝手な執着は種を蒔かれもう独りでにすくすくと育ってしまっているのだ。その気になれば、どうにか割り込める余地のあるロマリーですらこんな状態なのに、友情からはみ出し過ぎたゼハートの場合気でも触れてしまうのではないかしらと心配になってくる。ロマリーにとっては、ゼハートとてまた大切な友人であることに変わりはなかった。彼が自分をどの程度認識しているかはさして気に掛からない。アセム以下であろうことは予想がついて、それはお互い様だと彼を別格に据え置けばあとは対等だ。

「――人間って、真っ直ぐ立って見ても左右対称じゃないんだよね」
「……急にどうした」

 珍しくガレージにゼハートと二人きりになったタイミングで、ロマリーは口火を切った。作業着でタブレットを覗き込むゼハートの視線は一向に彼女の方を向く気配を見せない。それでも構わない、ロマリーもまた、視線は彼等が作成しているMSに注いでいたから。

「完全に左右対称だったら、半分こすることもできたのにって思ったの」
「何の話だ?」
「やだ、アセム君の話よ」
「―――」
「ゼハートはアセム君のこと独占したいのかもしれないけど、それってやっぱりずるいもん」
「…ずるい」
「私だって、アセム君と一緒にいたいの」

 穏やかな声音で、その実内容は突然頬を打つかのごとく先制攻撃を食らわせる。思わずロマリーを見つめるゼハートは、彼女の口元に浮かぶ微笑を恐ろしいと思った。学園のマドンナと称され、可愛らしいと形容される類の笑みでないことは明らかだった。
 ゆっくりとロマリーの瞳がゼハートを捕える。アセムからは拒否権を取り上げて、ゼハートには形ばかりの選択肢を渡す。分かち合うか、諦めるか。迫る資格がロマリーにあるのかどうか、それを問い質す正義などここには存在しない。

「他の誰かに渡すくらいなら、私たちで平等に分け合うのが一番幸せじゃないかなあって思うの」
「――他の誰か」
「アセム君が、私たちの知らない人と親密になって、手を繋いでキスをしてセックスして結婚して子どもを作って死んでいくなんて私堪えられないもの」
「………」
「ゼハートだって、嫌でしょう?」
「――それは」
「嫌じゃないなら、私が独占させてもらうわ」
「……仕方がないな」
「ふふ、決まりね!」

 無邪気な笑い声が響く。ゼハートはこの無邪気さを狂気と呼ぶ。ロマリーもまた、恋という真っ直ぐな道からはみ出した異端だった。執着の自覚は理性の皮を被ってただ的確に敵を炙り出す観察眼を養っていただけ。そして手に負えない同類は、微笑みを取り繕って同盟成立。抜け駆けは厳禁だと視線で釘を刺す。睨まれて、勿論こちらも出し抜くような真似はしないつもりだと首肯をひとつ。
 丁度、アセム達がガレージにやってくる。先頭で入って来たアセムが、どこか親密な雰囲気を醸し出すゼハートとロマリーの姿に眉を顰めた。その表情が、二人の内心を仄暗く満たしていく。何にもわかっていないくせに、そんな置いてけぼりを怖がるような仕草を見せたら、一瞬で引っ張って巻き込んで落とされてしまうというのに。
 けれどどんな表情を取り繕ったとしても、ロマリーとゼハートはアセムが自分たち以外の人間の元に向かうことを許しはしないのだ。執着が一方的な独占を招き、平和的に物事を解決したつもりの二人には、アセムにとっての幸せが自分たちの元で生み出せるものと信じて疑わない。でなければ、既に閉じ込められているのと同然のアセムがあまりに報われない。二つの狂気が自分を食らい尽くそうとしていることを、アセムは気付く由もないまま、感じた違和感に目を伏せて作業に取り掛かった。


―――――――――――

絶望に侵されない唯一つの聖域
Title by『弾丸』



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -