※(アセ)ロマ+ユノア



 綺麗なものに囲まれていればよかった。少なくとも、ロマリーの、辟易してしまう、両親の過保護が示す世界はそういうものだった。トルディア女子大を卒業して、両親が誂えた男性と婚約して、結婚して、子どもを産んで。まるで教科書のような一生。きっと不幸にはならない。突然の理不尽に頬を打たれない限り。痛みもなく、微温湯に浸り続けて心が腐っていくだけ。そんな反抗すら、娘の幸せを願って手を尽くしているつもりの両親からすれば心外甚だしく、親不孝なのだろう。ほんの少し、ストーン家の都合を加味した位でそんな臍を曲げないでもいいでしょう、と。
 開いたアルバムの最後。まだ着慣れていない軍服を纏った十八のロマリーがいた。傍らに寄り添う両親の表情は、戦争に娘を送り出す直前の笑みほど力ないものはないと教えてくれる。その写真から頁を戻して行けば、何も知らない、輝かしかった青春を、今が盛りの自由と噛み締めることもなく過ごしていた頃の写真が何枚も並んでいた。
 卒業式、MSクラブの壁に貼られていたものを譲り受けた一枚だけが少しだけ擦り切れていた。ロマリーと、アセムと、ゼハート。三人並んだ写真がないわけではない。多くもなく、誰かと写真に写り、撮るということに最後まで慣れていなかったゼハートと、この頃から何てことのない笑顔の下に完璧な父の影を探していたアセム。彼等はきっと、ロマリーよりもずっと切実に未来の姿を描いては口を噤んでいたに違いない。

「ロマリーさん?」

 懐かしさが寂しさにすり替わる。それは少女が大人になった、その証拠のようで、ただ遠ざかって明瞭になる事実を見ているだけのようで。思い出だけで容易く泣ける、自分は間違いなく女だと、そう肩を落とすロマリーを呼んだのは、ユノアだった。
 ユノアとは、任務を終えて久しぶりにトルディアに帰ってくるアセムを宇宙港まで迎えにいく約束をしていた。ユノアがロマリーの家を訪ねて、お茶とお喋りに興じて時間を潰していた。そろそろ時間だと、荷物を取りに戻ったロマリーがいつまでも戻ってこないので、待ちかねて呼びに来たのだろう。

「ごめんね、待たせちゃった」
「ううん、まだ時間には余裕があるから大丈夫」
「ダメね、人を待たせているのにアルバムなんて開いては」
「わあ、それ、お兄ちゃん!?」
「ええ」

 ユノアは優しい。ロマリーの眦に浮かぶ光には、触れなかった。同時に捉えた、ロマリーの手元を見れば、察しのつけようはあった。未だトルディアの外に出たことがないユノアには、身に迫らない感傷。ゼハートの身元も知らなければ猶更。コロニーの外はユノアのこれまでの一生よりも長い時間戦争をしている。きっと、これからも。それでも一時はトルディアを襲っていたヴェイガンという存在が、ガンダムの出向と共に遠ざかったことは事実で。それはきっと、戦争と死の恐怖を抱いていた人々の意識の薄れともいえる。アスノの家に生を受けた以上、ユノアは目を背けていられない現実。母は、自由に生きて欲しいと言った。父も同じ願いを抱いていると。生まれながらに宿命を押し付けなければならなかった、アセムの不自由の代わりに。そんなことは不可能だとわかっていた。兄の人生の代替品に何てなれない。だからユノアは嬉しかったのだ。トルディアに戻ってきたロマリーの心が、アセムに寄り添っていることを知ったとき。
 誰もが己の決断で道を選ぶ。父も、母も、兄も。ユノアは一等兄が好きだったから、誰に強いられることもなく、想いのままに惹かれ、結ばれた二人は幸せなのだと思った。
 ユノアのロマリーに対する嘗ての心象は、アセムの同級生以前にストーン家のご令嬢という面が強かった。トルディアの出身でもないアスノ家が悠々と暮らしていられるのは、フリットの実績以上にストーン家との関係が良好だから。それくらいのことは幼いユノアにも明白だった。だから、平和だった頃は想像したものだ。案外、両家の関係を保つために、同い年の、アセムとロマリーが婚約したりするんじゃないかしら。尤も、そんな想像は、如何にアスノ家が戦争に密着した一族なのかを知るにつれ、一人娘を、裕福さ故の過保護で囲っているロマリーの両親が積極的に差し出すことはないと思えた。そしてフリットもエミリーも子どもたちの将来の結婚相手を斡旋するような人ではなかった。

「この頃のお兄ちゃん、毎日楽しそうだったな」
「――ええ、そうね」
「もし、もし戦争がなかったら、こんな笑顔のお兄ちゃんが今も、ここにいたのかな」
「………」

 その愚かな仮定は、ユノアがまだ子どもだからこそ飛び出した。誰も彼もが子どもだった。だけどいつかは大人になる。ならなければならない。こんな時代だからこそ、きっと。悲しくて、辛くて、痛い。通り過ぎた別れに涙し、それでも強くあろうと前を向いたアセムを知っている。だから、戦争がない世を願うことはあっても、戦争がなければと過去に停滞することはもうできない。アセムにも、ロマリーにも、それは同様だった。

「そろそろ出ましょうか」
「…うん!」

 ユノアが閉じたアルバムを、ロマリーは本棚に戻す。学生時代に比べて自室の荷物は徐々に減っている。どうしても手放せないものなど殆どなかった。あるとしたら、このアルバムくらいだろうか。数日後には、また改めて部屋を整理しなければならない。ロマリーがこの部屋で過ごす時間は、もう残り僅か。

「ねえねえロマリーさん、ドレスはいつ見に行くの?一緒に行ってもいい?」
「アセムの都合にもよるけど…一応明後日に予約をいれてあるの。一緒に行くなら、アセムにもお願いしなきゃね」
「やった!ありがとう!」

 綺麗なものに囲まれていればよかった。ロマリーは、もうそんな少女ではなかった。けれど、純白のドレスを纏うその日だけは、少女のように無邪気に微笑むことも許される気がした。錯覚だとしても、小さな写真に収めた、学生の彼女自身に胸を張ることは出来る。
 些細なことに胸を高鳴らせ、迷い、憧れ、焦がれた。そして今、ロマリー・ストーンは、アセム・アスノを愛している。



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セーラー服はもう着ない
Title by『魔女』





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