存外催し物が好きな主人に仕えているからなのか、サンジェルマン城に仕えるメイドたちのノリは挙って良い。エイジ辺りに言わせると悪乗りが過ぎて実害を被るのが難らしい。尤も、頻繁にちびっこメイドたちに服をひん剥かれるという珍事を経験しているのはエイジだけなので同意はさほど得られない意見だ。
 琉菜が目覚めて部屋を出ると、何やら廊下の装飾が変わっていた。昨晩通った時は何の変化もなかったし、今朝だって特別寝坊したつもりはないのに作業はずっと以前に完了しましたよといった風で相変わらず高そうなランプや花瓶が並ぶ。朝ごはんを食べる為に広間に食堂に向かう途中、色合いが橙や黒の割合が多く用いられていることに気が付いて、これはハロウィン仕様なのだなと察しがついた。知識としてインプットされている子どもたちが仮装をして一軒ずつ家の戸を叩いて「トリックオアトリート」と唱える行事を、琉菜自身は実体験したことはない。この城でハロウィンというイベントを最も楽しめる年代であろうブリギッタたちはまがりなりにもメイドで仕える者だ。彼女たちの為に特別あつらえた雰囲気というわけではないのだろう。では自分がこの城に来る前からも、毎年この時期になると季節柄に合わせて内装を整えているのだろうか。そうだとしたら、相変わらずの凄まじい財力だと感心するしかない。
 琉菜の予想は、同じように一晩にして様変わりした城内の様子に気付いたミヅキの問いであっさりと外れを言い渡された。ハロウィン仕様は今年に突然城主であるサンドマンの思い付きを体現した物であるらしい。云千年規模の時間を生きてきたくせに、ハロウィンを祝ったことはないらしい。初めて地球にやって来た時、彼は既に大人だったそうだから、そういうこともあるだろう。実の娘であるリィルが後を追うように地球にやって来たのでさえだいぶ時間が経ってからのことで、彼女は無邪気にはしゃぎまわりイベントを楽しむ性格をしていない。記憶の欠落も相俟って南の塔に籠るように生きていたのだから、リィルの方はハロウィンの存在さえ知らないようだった。

「――ハロウィンって何?」

 皆で城内の内装を一晩で様変わりさせた思いつきとハロウィンについて諸々語り合っている最中、それまで無言を通して皆の話に聞き入っていた斗牙が今更に言葉を発した。ハロウィンを知らないなんて、いくらなんでもそんなこと。けれど斗牙ならばそれも普通に有り得る事態だなと口を噤んだ。サンドマンに引き取られてから城内を一歩も出たことのない斗牙の知識はいつだって本で読んで得たものばかり。耳で聞いたものは少なく目で見たものは殆どない。そんな彼がハロウィンを知らなくともさほど驚くようなことではなかった。

「元は宗教上の儀式だったようですが、今では子どもたちがお化けや魔女に仮装してお菓子を貰いに練り歩く季節の行事といった意味合いが強いみたいですよ。お菓子を貰う時に子どもたちは『トリックオアトリート』と唱えてるのが通例ですね」
「トリックオアトリート?」
「お菓子をくれなきゃ悪戯すんぞって意味だよ」
「エイジもハロウィンやったことあるの?」
「いや?俺もハロウィンに仮装して練り歩いてる子どもなんて見たことないぜ」
「もうあんまりいないんじゃない?幼稚園とか学校とか、組織が企画したりすればわかんないけど」
「コンビニとかで限定パッケージとか味が出るのを見かけて漸くそういえばハロウィンだなって実感するくらいだよね…。あんまり身近な行事じゃなかったかも」

 エィナによる概要の説明を皮切りにエイジやミヅキ、琉菜も自分たちのハロウィンのイメージを語って聞かせるものの飛び出すのは誰も彼もが情報として出回っているテンプレなハロウィンを体験していないという事実ばかり。斗牙は上手くイメージを掴むことが出来ずにぱちぱちと何度も瞬きながら首を傾げている。
 結局誰もが持っている知識だけを斗牙に披露して、誰かの体験といった身近な例を示してやることは出来なかった。
 朝食を終えて、各々自分の用がある場所に散っていく。グランナイツの訓練まではまだ少し時間があった。琉菜は最後まで椅子に座ったまま、どうしようかなとぼんやり考える。時間があるとはいえ訓練がある以上出掛けることは出来ないし、大人しくしているしかない。兎にも角にも一度部屋に戻ろうか。漸く琉菜が腰を上げ食堂の扉を開いた瞬間、先に出て行ったはずの斗牙が彼女を呼び止めた。

「琉菜!」
「斗牙?」
「一緒にハロウィンやろう!」
「――へ?」

 無邪気な笑みを浮かべながら、斗牙はどこから調達したのか不明の南瓜を両手で抱え上げていた。上体を横に曲げて彼の背後を覗き込むと、廊下に等感覚で置かれている土台の一つの上が不自然に開いており、きっとそこに斗牙が手にしている南瓜が飾られていたのだなと察する。そもそも南瓜を等感覚に飾るというセンスはハロウィンとはいえ奇抜すぎるような気がするのだが。

「斗牙、ハロウィンやろうって何するの?」
「みんなにお菓子くれないと悪戯するぞって言って回るんでしょ?」
「…斗牙、悪戯って?」
「えーっと、エイジがよくレイヴンに怒られてるからそういう感じのこと!」
「あれは悪戯っていうよりヘマっていうか…」
「違うの?」
「微妙に…」
「難しいんだね、ハロウィンって」
「いやあ、お菓子さえ貰えれば悪戯をする必要はないし、大丈夫だよ」
「そっか!」

 先程自分たちから集めた情報をどう集結させて結論を出したのか、斗牙の中でハロウィンとはお菓子をせびって回るイベントということに落ち着いたらしい。間違ってはいないけれど、予めお菓子を貰えなかった際の悪戯を決めておかなければならないのか、あげないと言われた瞬間に執行しなければならないものなのか。それは琉菜にもわからない。前知識がない分、他人の言うことを純粋に信じ込んでしまう斗牙の姿勢は美しいようでいてひどく歪で不安定だ。彼の中に、自分の間違いが入り込んで刻まれてしまうかもということは琉菜にとって一種の恐怖でもあった。知らないだけで、地が賢い人間である斗牙はきっと一度教え込まれたことを忘れない。だから滅多に曖昧な知識を斗牙に吹き込んではいけないと琉菜は思っている。
 その予防線が無意識に働いたのか、琉菜は思わず斗牙との間に一歩分後退り距離を作ってしまう。気付いて、斗牙は「どうしたの?」と詰めてくる。本当のことなど言えるはずがなくて、琉菜は嘘を吐く。

「あのっ、ハロウィンのこともうちょっときちんと調べてみた方が良いんじゃない?さっきの皆の話だと結構わかんないとこあったしさ、本とか探してみようよ!」
「――そっか、その方がいいのかな」
「それにハロウィンするにもハロウィンって今日じゃないし…」
「え?ハロウィンって日にち決まってるの?」
「十月の最後の日だよ…そういえば説明の時言ってなかったっけ」
「うん。でもそっか、じゃあまだ色々準備できるね」
「準備?」
「だって仮装するんでしょ?」
「え…斗牙そこまでやるの」
「さっきエィナがそう言ってたよ?」

 確かにその通りだけれどと琉菜は苦笑で顔を引きつらせる。年齢的にも自分たちはまだ子どもだし、コスプレ関連もその場のノリで平然とこなしてしまう集団ではあるけれど。
 そして琉菜はここで初めてハロウィンについて語る斗牙の瞳を真っ直ぐに見た。その瞳は、エイジに連れられて初めて城の外に出た時のことを語るのと同様に爛々と輝いている。何が彼の心の琴線に触れたのか、どうやら斗牙はよっぽどハロウィンを実践してみたくて仕方がないらしい。これまでハロウィンの存在を知りながら心を躍らせたことがない自分との温度差に琉菜が惑っていることを斗牙が察してくれるはずもなく。両手で抱えていた南瓜を肩に担いで片手で支えると空いた方の手で琉菜の手を取りさっさと歩き出してしまう。きっとハロウィンについて書かれている本を探しに行くつもりなのだろう。今はどれだけはしゃいでいてもグランカイザーのパイロットとして訓練の時間が来ればあっさりとそちらへ向かうのだろう。そのつもりだから、善は急げと斗牙は琉菜を引きずらんばかりの勢いで歩いていく。

「――斗牙、仮装ってなにしたいの?」
「え?そうだなあ、何があるのかわからないから決められないけど…この南瓜良いよね!」
「へ?」
「エイジと城の外に出た時犬の着ぐるみで頭に被り物をしたことがあるんだけど、南瓜って被れるのかな?」
「……それは駄目!」
「琉菜?」

 斗牙のファッションセンスが微妙だったという話はエイジに聞いていた。琉菜としては斗牙が楽しいのが一番だと思う反面きちんと素敵な格好をして欲しいとも思ってしまうのだ。誠に勝手な恋心といえよう。しかし恋とはそういうものでしょう、と開き直らん勢いで琉菜は引きずられるように歩いていた体勢から歩調を速めて斗牙に並んだ。こうなったら斗牙の仮装衣装はどうにかして自分が見繕ってやろう。
 それにしたってサンジェルマン城内で「トリックオアトリート」と唱えて回るのはどうなのか。そういう根本的な疑問は後回しにしたまま琉菜は全力でハロウィンに備えることに決めた。だって大好きな斗牙たこんなにも楽しみにしているのだから、降りる理由もないのであった。きっと今日中には、グランナイツ全員が巻き込まれていることだろう。



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幼稚なワルツ
Title by『呪文』


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