夜になると、晴矢からの電話を待つ為に俺は冷房の利かない蒸し暑い自分の部屋に戻る。扇風機を動かし入るが生温い風しか送られてこない。あまり意味はないかも知れないと思いながらも気休め程度に窓を開けると、丁度晴矢からの着信が入った。
 どうでもいいが、俺は携帯を開いている時に着信が来ても何故か三コール鳴ってから通話ボタンを押すという変な癖がある。多分いきなり出ると掛けた相手も驚くだろうと考えているからなのだが、以前それを話したら晴矢と杏には理解出来ないとばっさり切られた。その時は二人の方がせっかちなのだと勝手に結論付けた。
 そういう訳で、今回も三コール目に通話ボタンを押す。案の定、晴矢の第一声はもっと早く出ろであった。

「悪い、悪い。……一週間ぶりくらいか」
『お、もうそんなになるか』
「そういえば、涼野もそっち一緒に行ってたんだって?」
『そうなんだよ!アイツも一緒だって忘れてたぜ!』
「お前、小学校以来のチームメイトにそれはないだろう」

 電話口から聞こえてくる晴矢の声は、毎日炎天下の中サッカーをして疲れてはいるのだろうがそれ以上に充実しているのだろう。とても楽しそうに弾んでいた。それは良かったと本心から思うのだが、今日の本題はそんなことではない。

「なあ晴矢、お前あれから杏とちゃんと話したか?」
『まだ。でもちゃんとする。大事なことだから』
「…そっか、杏もお前のこと応援してない訳じゃないんだし…。しっかりな」
『おう!風介もさあ、幼馴染の…クララだっけ?そいつに話した時は大変だったとよ』
「ああ…、クララから聞いたよ。思わず罵ったってさ」
『あ?その時読んでた文庫本が飛んで来たって風介の奴が言ってたぞ』

 あ、そうなんですかクララさん…。大人しい文学少女というクララへの認識を、俺は再度改めなけらばならないらしい。しかし晴矢も涼野も、東京の大学への話を持ち掛けられたことを真っ先に幼馴染に打ち明けているのだから、やはりこの二人はどこか似ている。だから、涼野とクララがちゃんと分かりあえているのだったら、晴矢と杏だってきっと大丈夫だなんて、俺は心のどこかで思っているのかもしれない。
 さて、再び話が変わるがこちらも俺としては十分大事な話であるので躊躇ってなんかいられない。

「晴矢合宿っていつまでだっけ?学校の宿題が免除になる訳じゃないんだから、そっちもやれよ」
『うっ…!お前俺の母親かよ。第一合宿に宿題なんて持って来てねえし…』
「せめて兄さんと言ってくれ。それと開き直るな。見せないぞ」
『マジかよ!?いや、でも八月の半ばには一度帰るからそん時にでもやるわ』

 だから手伝ってくれと言外に言われた気がするのは勘違いなどではないだろう。少しは涼野を見習ってほしいものだ。クララの話だと、涼野は簡単な問題集等の宿題は終わらせてから合宿に向かったらしい。因みに、それに付き合う形でクララも既に殆どの宿題を終わらせているらしい。俺も大方終わりの目処はつけている。
 しかし、どんなにぼやいても結局は仕方ないなあなんて言いながら晴矢の宿題を手伝ってやっている自分の姿がやけにリアルに想像できてしまうのだから、俺も大概晴矢に甘過ぎる。今更だけれど。

「半ばに一度帰るなら、夏祭りには行けるな」
『おお、そうじゃん』
「杏と一緒に行って来いよ。高校最後の夏休みなんだしさ」
『は?最後なんだからお前も一緒に行くに決まってるだろうが』

 決まっているのか、そうなのか。そこは甚だ疑問だが、一緒に行ってもいいのならお言葉に甘えようか。地元で行われる小さな夏祭りではあるが、この町に住む人間には一番の夏のイベントと言っても過言ではない。いくら受験生だからといっても、予備校ばかりではあまりに味気ないだろう。

「わかった、じゃあまた連絡するよ」
『おう頼むわ。俺もそろそろ就寝時間だしな』
「ああ、頑張れよ」

 それを最後に通話を切る。やっぱり、これが高校最後の夏なんだなあ、なんて改めて思い直したりして、俺は少し寂しいなと考える。扇風機の生温い風に当たりながら、夏祭りの頃には休みももう終盤に差し掛かっていて、俺はその度にこうして寂しがるんだろう。
 だけどその前に、俺は宿題を全て終わらせてしまわなければならない。晴矢が俺に宿題に関して頼らなかったことなんてないし、そうして頼られるのだって、これが最後なのだから。