三人で並んで歩く帰り道が当たり前だった。晴矢と杏が付き合い出してから、真ん中を陣取ることはしないと決めていた茂人の気遣いは、三人の分かれ道が重なった冬を前にして瓦解した。晴矢と杏の恋人という関係性は変わらないまま、けれど冬が終わり春が来るまでは幼馴染という関係の方に自然と重きを置く方へと移行していた。それを申し訳ないと感じていた茂人も、遠慮していても仕方がないと残りの時間を謳歌することにした。そしてその時間も、今日で最後だった。
 明日の朝、晴矢と杏は電車で東京に出て行く。東京での住まいは、晴矢と風介が大学の寮に入り杏とクララがそれぞれアパートに一人暮らしを始めることになっていた。茂人だけが変わらず自宅から通学する。
 夕焼けが足元に影を作る。伸びるそれらは小さい頃に比べて長くでこぼこだった。数日後には大学生だというのに、この街で過ごす最後の一日に三人は河川敷を駆け回ってみたり、公園でサッカーボールを蹴ってみたりと幼稚園児に戻ったかのように遊び回った。泥だらけの汗まみれで、体育の授業だってこんな真剣に取り組んだことはなかったと笑った。
 きっとこの先、何度も三人で顔を合わせる機会はあるだろう。けれど、それはこれまでの付き合い方とは違うものになるような気がした。また明日とは言えない、日常の一部分としてこの幼馴染たちを挙げることは徐々に変わりゆく生活が難しくさせるだろう。それが、茂人には素直に寂しかった。きっと同じ道を行く晴矢と杏も、同様だった。
 懐かしい思い出話もした。これからの期待を言葉にした。他愛ないことばかり紡ぎだす唇を、止めることができなかった。そんな拙い場の繋ぎが、存外時間を消費して、とうとう杏の家の前に着いていた。

「それじゃあ、また明日」
「ああ、駅前集合、9時な」
「遅れないでよ、晴矢」
「うるせえよ」
「大丈夫だ、俺が迎えに行くから」
「じゃあ安心ね」

 最後まで、らしくいようと思う。本当なら、我が子が家を出るとなれば見送りには両親もやって来るものだろうが、妙な気を遣われて二人を見送るのは俺だけということになっている。尤も、大学生活が始まる前に一度東京の方に家族は顔を出すことになっているので気後れする必要はないと言われていた。涼野とクララは一足先に東京に出ていた。本当に、地元に愛着を持たず二人の世界で動いている二人に、茂人は感心してしまう。
 今まで通り、名残惜しんで振り返ることもせずに自宅に入った杏が玄関の扉を閉めるのを見送ってから晴矢の家に向かって歩き出す。今度は上手く喋ることが出来なくて、けれど沈黙だって気まずくはなかった。

「――なあ茂人」
「んー?」
「色々ありがとな」
「………どういたしまして?」

 急にどうしたんだと尋ねても、言いたくなっただけだと照れたようにそっぽを向く晴矢に深追いはしなかった。告げられた感謝は、素直に受け取っておくのがいいだろう。
 そうこうしている内に、晴矢の家に着いて、しかし晴矢はなかなかその門扉を潜ろうとはせずにじっと茂人の顔を真剣な眼差しで見つめ、それから笑った。少し大人びて見えたのは、夕日と影の所為だと思う。

「んじゃ、また明日」
「ああ、杏じゃないけど、寝坊するなよ」
「しねえよ!でも手間の掛からない俺とかお前寂しいだろ」
「お前なあ…。まあ暫くはこの街から東京でお前が遅刻魔になってないか心配しとくよ」
「いらん世話だっつうの!」
「だといいんだけどな。それじゃあ、また明日な」

 軽く片手を挙げて歩き出す茂人を、晴矢は暫く見送ってから自宅に入った。小さく、扉が閉まる物音を聞いて、茂人は大きく息を吐き出した。三人での帰り道は大抵こうして茂人が最後にひとりになる。何度も繰り返したこと。けれど明日からは、このひとりが当たり前になる。いつかは慣れてしまうだろう。いなくなった人を思い出す回数も減っていく。けれど変わらず晴矢と杏のことを好きでいられたら。
 大好きな晴矢と杏を、笑顔で送り出してやれたら。こうして思いつく茂人の願いは、いつだって晴矢と杏の姿を過ぎらせずにはいられないでいる。僅かに眦に堪った涙は、寂しさではあっても悲しみではないと思いたい。


 いつかまた、この道を三人で帰れる日が来ることを、過去への執着ではなく未来への希望として、茂人は祈っている。