晴矢が好きだった。茂人が好きだった。それは私の中でいつだって等価値で天秤の皿が左右のどちらに傾くことなんてありえないと思っていた。それが男女の恋愛関係なんてテレビや漫画の中にしか見つけられなかった今よりもずっと子どもじみていた頃の私の話。
 たぶん具体的なきっかけなんてなかった。晴矢はいつだって私たちを振り回す様にボールを追い駆けていて、茂人はいつも彼に付き合うような姿勢だった。それは大抵私にも適用されていて、いつの間にか私たちの後ろに立ってしまう茂人は私たちを安心させてくれてはいたけれど、彼に恋をするには、たぶん容易く一歩を引きすぎていたんだと思う。安直な私は、いつだって目の前の物ばかりを目で追ってしまうから自然と晴矢を捕まえるようになっていったのはある意味仕方のないことだった。
 勿論恋に落ちるのにそれだけの理由では十分ではないだろう。そもそも私にとって異性とは寧ろ晴矢と茂人を覗いたその他大勢であるべきだったから。彼等は性別を問わず付き合いの長さがかけがえのなさを付与した特別だったから。けれど、私にとってその他大勢の威勢がどれだけ価値がなく、また視界に収めることもしてこなかったか、晴矢に恋をしてから気が付いた。私にとって、晴矢を異性と意識しなければその他大勢すら異性である必要はなかったから。
 晴矢と付き合い始めてから、茂人のことをどう思ったか。それは以前と変わることなく大切な幼馴染だった。晴矢もそれは変わっていなくて、けれど茂人は恋人と幼馴染を並立させることに消極的で一歩引くどころか私たちの輪から外れて行こうとするものだから酷く驚いた。だから、示し合わせたわけではなくとも私と晴矢は躍起になっていると思われてもおかしくないほど茂人を以前同様にふり回し続けた。離れて行って欲しくなかったから。
 けれど。

「それが、いけなかったのね」
「――良し悪しではないでしょう。ただ、茂人君は自分の気持ちへの無頓着さが増したんでしょうけど」
「それ、悪いことじゃないの?」
「貴方は物事を白黒はっきりつけて分けてしまいたいのね」
「悪い?」
「悪くはないわ、でもね、貴方のルールで全部を割り切ったら、貴方たちの関係はとっくに終わっていたと思うわよ」
「……そうなのかな」

 クララの言葉は容赦がない。隣のクラスの彼女に話を聞いて欲しいからと屋上に無理やり引っ張ってきたことは謝るけれど、私は語彙力もないからあまり難しい遠回しな表現はやめてほしい。わかりやすく、簡潔に、茂人みたいに優しく説明して欲しい。
 そう頼むと、またクララは呆れたように溜息を吐いた。私たちが如何に茂人に甘やかされてきたかを見てとっているんだろう。面倒を見られている自覚はあったつもりだけど、根が対等だと信じて止まなかったから、改めて振り返れば茂人は全くよくよく私たちを甘やかしていてくれたものだと思う。私だったら、きっとさっさと勝手にしろと放り出してしまっていたはずだから。
 晴矢が東京の大学に進むと言ったとき、彼が全く迷いを持っていないことが悲しかった。子ども同士、お互いの人生を背負って考えるなんて大袈裟すぎて、実際晴矢が私を理由に自分の道を渋っていたら重たく感じていたかもしれないくせに、いざ無視されると悔しかったし、怖くなった。自分の生きている場所に不便も覚えないまま、いつか大人になったら出て行くかもと想像することはあってもそのいつかの決断だってまたいつかの自分がするのだと子どものまま視野を狭めていた。着いて行くなんて選択肢はなくて、それを選ぶにしても晴矢が迎えに来てくれなくては無理だと思っていた。でなければ、伸ばした手を振り払われたら私はどうしたらいいのと縮こまるしかできなかった。茂人は何度も晴矢ときちんと話せと促してくれたし、晴矢も実際私ときちんと話し合おうとしてくれていた。結局いつも喧嘩になってしまって、感情的になってしまったことは謝れても結論はいつまで経っても出せないまま。
 そして外から早く進路を決めなさいと急かされる内に茂人と同じ大学でいいやなんて浅慮のまま答えを出した気になっていた。何処かに消えてしまう晴矢より、そこにいてくれる茂人を頼ろうとしていた。晴矢のことが好きな気持ちは微塵も揺らがないのに、繋がりを解こうとも思えないのに、甘やかして貰える位置も譲ろうとしていなかった。
 けれど茂人が、私のことを好きだったと言ってくれた時私の止まっていた世界は漸く動き出したんだと思う。いつの間にか、晴矢だけでなく茂人も動き出していたことを知ったから。いつでも三人一緒、それは子どもだからできたこと。時間は好き勝手に流れて私たちを大人にしようと押し流す。いつか離れ離れになったとしても、いつまでも大好きな三人組でいることは出来るのだと教えてくれた。けれど、恋だけは違うから。いつか愛に育つ想いは、特に私みたいな弱虫は意地でもしがみ付いて見張っていなければだめなのだ。その為に、好きならば追い駆けなければならないのだと、茂人が教えてくれた。晴矢のことも、私のことも好きでいてくれる優しい茂人が。
 きっと、私も晴矢も茂人には沢山の感謝を送らなければならない。苦しめたのかもしれない、悲しませたかもしれない。だけど彼の言葉を信じていいのなら、少しくらい幸せにだって出来ていたはずだから、私は茂人に胸を張って頑張って来るねって誓うの。

「じゃあ、春から同じ大学に行けるといいわね」
「へ、晴矢と風介って同じ大学に行くの!?」
「あら、知らなかったの?」
「知らない!えー、何だ早く言ってよー」
「聞く耳を持ってなかったじゃないの。あと勉強見てはやらないからね」
「ケチ!いいもん、茂人に――茂人と頑張るから」
「いい心がけね」
「むかつく…」

 そろそろ休み時間が終わるからと、クララはさっさと屋上から出て行ってしまう。慌てて追い駆けながら、気が早いけれどもしも無事晴矢にしがみつけた自分の姿を想像してみる。そこには、晴矢がいて、クララがいて、あまり仲良くないけれど風介もいて、きっと茂人だけがいない場所。
 ――でも大丈夫だよね。
 どこにいたって、私たちは私たちを大好きだと思いながら生きて行けるはずだから。