気付けば晴矢と電話で話してから時間は過ぎて八月半ば。より嫌な言い方をすれば夏休み後半へと突入していた。東京に行っていた晴矢も今日の夕方にこちらに帰って来る。涼野も一緒に帰って来るということで、俺と杏、クララで駅まで二人を迎えに行く約束をしている。
 予備校も終わり、そのまま三人一緒に行動する。予定の時間までは余裕があったので適当に本屋やらファミレスで時間を潰してから駅に向かう。夕方の駅は帰宅途中の若者やサラリーマンで溢れ返っており、独特の熱気が籠っていて、俺達はなるべく邪魔にならないように壁際に立って改札口を眺めていた。
 暫くすると、改札から見覚えのある二人が出て来たのを見つけて、声を掛ける前から自然と頬が緩む。あちらもすぐ俺達に気付いて晴矢が軽く手を挙げる。心なしか、俺の隣にいる杏からも嬉しそうな気配が伝わって来る。

「お帰り、二人とも」
「おう!」
「……ん」

 大きな鞄を肩に引っ掛けながらも、元気が有り余った様子の晴矢とは正反対に、涼野は少し疲れた様子で俺の言葉に反応した。大丈夫かとまた声を掛けようとするがそれよりも先にクララが涼野に一歩近付いて声を掛けた。

「お帰りなさい」
「…ただいま」
「…眠いの?」
「昨日の夜から晴矢が帰ったら何して遊ぶだの何処に出掛けるだのうるさくて寝させて貰えなかったんだ」

 だから眠いよ、と涼野はそれが自然だと言わんばかりの動きでクララの肩に頭を乗せて目を閉じた。クララも全く動揺することなく涼野の頭を撫で出すものだから、見ている俺達の方が若干恥ずかしさで気不味くなってしまう。晴矢と杏はお互い久しぶりに会うというのにろくに会話もしていないままで顔を真っ赤にして目を逸らしている。独り身の俺だって段々居心地が悪くなって来てしまう。

「クララ、涼野も大分疲れてるみたいだし、先に帰ったらどうだ?」
「…そうね。じゃあ私達はお先に失礼するわね」
「じゃあね」
「気を付けてな」

 クララはそのまま涼野の手を引きながら駅前の雑踏の中に紛れて歩いて行った。手を引かれている涼野は目を開けているのかいないのか、かなりふらつきながら歩いている。クララが迎えに来ていなかったら自宅まで帰れていたのか非常に怪しい。あれが晴矢の所為だというのなら俺まで申し訳なくなって来てしまう。
 帰って行く二人を見詰めながら、涼野の隣にクララの姿を並んでいるのを見るのはそう多くないはずなのに、俺にはそれがすごく当たり前のように似合っていると思えて、少しばかり羨ましかった。そしてお節介ながらに、晴矢と杏も周囲には彼らの様に映っていればいいなんて思う。

「晴矢もお疲れさん。やっぱりかなり焼けたな」

 クララ達を見送る為に彼女等に送っていた視線を晴矢に戻してちゃんと見てみると、やはり真夏の空の下で毎日サッカーをしていただけあってかなり日焼けしていた。寒いよりも熱い方がずっと好きな晴矢であるが、今年の夏は本当に暑い。東京の夏がどうだったかは知らないが、きっと涼しくはなかったろう。熱中症にはならなかっただろうかと心配になるものの、こうして目の前にいる晴矢は元気そうだし、そんな母親みたいなことを気にしても仕方ないと肩を竦めてみる。
 杏も漸く「お帰り」と告げて嬉しそうに晴矢の傍に寄り添った。正直、俺はかなりのお邪魔虫なのではと思うのだが、この二人のことだからと、なるべく意識しないようにと心がけている。実際、二人は俺がこの場にいることに対する疑問や不満などこれっぽちも感じていないのだろうから。

「今年の夏祭りっていつ?」
「明後日。今年も杏の家集合で良いよな」
「五時くらいでいい?遅刻しないでよ!」

 この三人で出掛ける予定を立てると本当に早く決まる。待ち合わせは基本的に誰かの家の前。時間さえ決めてしまえばそれで終了。このテンポの良い会話は、少なくとも俺はこの二人としか成立しないと思っている。夏祭りは地元で唯一の神社付近で行われるのだが、杏の家がそこに一番近いので、祭りの際は毎年彼女の家に集合するのが恒例となっていた。
 そしてもう一つ。俺には決めなければならない予定がある。

「晴矢、明後日祭り行く前にお前の家に行くから。そこで宿題やっちまえ」
「うげ、」

 もう夏休みも後半なのだ。それなのに晴矢は宿題にノータッチのままで東京に行ってしまったのだからこの機会にやらせるしかない。俺は晴矢との電話の後直ぐに終わらせたし、杏も数日前に終わらせたと言っていた。このままだと晴矢だけが確実に三十一日に徹夜コースとなる。小学校一年生の頃から今日に至るまで、晴矢にだけ毎年夏休み恒例の光景ではあるが、俺は毎年今年こそはと思ってはいたのだ。一度も俺の念願は果たされていないけれど。

「手伝ってやるから」
「写させてくれんの!?」
「晴矢は茂人に甘え過ぎ!」
「は、お前が言うなし」

 見事に二人の言い争いルートに突入してしまいそうなので、溜息と同時にこんなやりとりも久しぶりだなんて感慨に耽る。これまで当たり前だった三人一緒の夏がやっと始まるというのに、現実の夏はもう終わりに近付いているだなんて信じられなくて、俺は晴矢と杏の口喧嘩を止めることも出来ずにいた。