(作曲家基山と踊り子秋)


エトワール、たった一人の花形スター。
才能と努力と器量を兼ね備えた者が辿り着く栄光。
今、このオペラ座でその地位にある秋のことを考えながら、ヒロトは楽譜に目を通す。
新しい演目を作り上げるのは楽しいが楽じゃない。
恐らく今ヒロトが手掛けている作品の主役はこの秋が務める筈である。
正直、今の段階で彼女以外に一人でプリマを張る実力のある踊り子がいるかと聞かれると首を横に振らざるを得ない。
それ程に秋の実力は抜きん出ていた。

「ヒロトくん?」
「こんにちわ」

オペラ座に来れば当然秋がいる。演目や踊りを振り付け師である瞳子や作曲家のヒロトに任せている円堂であるが、やはり素通りとはいかない。
完成した作品に問題があっては困ると途中確認にやって来たのだ。

「次の作品出来たの?」
「まだだよ。今日は確認。君は体調だけ整えておいてよ」
「え?」
「だって君が主役だろう?実力的に」
「まだ分からないよ」

少しは自惚れれば良いのに。もし秋に足りないものがあるとすればそれは自尊心だとヒロトは思う。
どんなに秋が謙遜しても、彼女と他の踊り子たちとの間には埋めがたい実力の差があるのは、誰の目にも明らかなのだから。

「私、油断してたらエトワールの座も危ないかも」
「…ああ、新人入ったんだっけ」
「うん、音無さん」
「上手いの?」
「上手くなるわ」
「へえ、楽しみだな」

ヒロト自身としては、バレエの実力云々よりも、自分の作る曲風にその音無さんとやらが合うか合わないか、そこが大事だった。
だが秋がここまで言うのだから、その実力は本物なのだろう。
プリマを決めるオーディションは演目が変わる度に行われる。

「うーん、次の演目、君が主役で踊る前提で作ってたよ」
「まあ、」
「オーディション、頑張ってよ」
「勿論」

作品はこのまま完成させる。多分、今回は秋がまたプリマだろう。
その音無さんとやらは、今まで無かった秋の自尊心を生むきっかけになるかもしれない。
エトワール。その称号を持つに相応しい人物をヒロトは一人しか知らない。


『君だけの舞台』


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -