(画家立向居と庭師木暮)

「彼女は凄く、キレイだと思うんだ」


キャンバスに向き合い、木暮には視線も寄越さず立向居は呟く。
絶えず動かされる絵筆が彩るのは、もう木暮には人生の一部とも云える春奈の姿だった。
木暮は、立向居との付き合いは長くない。だから、立向居が春奈のどこに惹かれ彼女ばかりを描くのか。それが分からなかった。
立向居に半分以上隠されているキャンバスから覗く春奈は、確かにキレイだった。だけど木暮には、自身が知る春奈と、立向居の描いている春奈が、まるで別人のように思えてしまう。
如何にイタズラ好きで人をおちょくる悪癖のある木暮と云えど、この違和感を立向居本人に伝えようとは思わなかった。

「木暮君は、どう思う?」

音無春奈と云う存在を、キレイだと思うかい?
投げられた問いに、素直に考え込む。
綺麗可愛い美しい。そんな形容詞は幾多あれども木暮は首を傾げてしまうだろう。
木暮にとって、春奈は春奈。貴族のお嬢様のクセに、庭師の自分を構い倒し、一緒に土を弄り泥だらけ。兄を思いやり何より人間と云う者に何処か諦めを覚えていた自分に有り余る優しさと希望をくれた少女。
一人夢と憧れを追い掛け踊る春奈を、木暮は少しの寂しさと共に応援すると決めていた。

「アイツはアイツだよ」

どんな春奈も只春奈のままだから。木暮は綺麗だとか、そんな華美な言葉を添える気はない。
木暮の答えに、立向居は一度筆を止めて振り返る。木暮は既に立向居のキャンバスから目を離し近くにあった色彩表に目を落としている。

「凄いね、君は」

そして少し羨ましいよ。声にしなかった言葉は差し込む午後の優しい日差しに溶ける。
再び絵筆を動かす立向居は、オペラ座にいるであろう春奈に思いを馳せる。
君の幼なじみは、君の事が凄く好きみたいだよ。
やはり届かない言葉を内心で呟く。
絵は、もう直ぐ完成だ。




『お伽噺のままで踊る』


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