(貴族一之瀬と踊り子秋)


久しぶりに会った幼なじみは、最後に会った時と変わらずにただそこにいた。それが嬉しくて、少しだけ寂しいのだと、一之瀬は貼り付けた笑顔の下で思う。
最近は仕事の方がごたごたしていて、秋の踊りを見に来る機会を作れなかった。円堂は、秋が主役の演目が決定する度に広報が発表するよりも先に一之瀬に知らせていた。それが、プリマドンナのパトロンに対する礼儀なのか、友人の幼なじみに対する気遣いなのか、当人同士もよく分かってはいない。

「次の舞台は見に行けそうだよ」
「そうなの?あんまり無理しないでね」
「してないよ。仕事もプライベートも、どっちも」

一之瀬の屋敷を訪れている秋は、本当にいつも通りで。秋に会うからと直前まで落ち着かない気持ちでいた一之瀬の方が逆におかしいのかと思わせるほどだった。ただの幼なじみ。だけど大事な幼なじみに会う時に抱く感情とは、普通ならばどのようにあるべきなのか、一之瀬には、もう分からない。だいぶ前から、秋のことが好きだったからだろう。特別でない秋など、一之瀬にはありえなかった。

「練習は順調?」
「うん、大丈夫。頑張らないと、抜かされちゃうもの」
「…君が?」

秋の言葉に、一之瀬は信じられないと言いたげに目を見開く。秋はそんな一之瀬の視線を受けてただ苦笑を漏らした。説明も弁解もない言葉。深い意味はなかったのかもしれないが、一之瀬にはやはりにわかには信じがたい。それほどに、秋の実力は抜きん出ているのだと言われていた。

「もし抜かされたら…秋は踊るのをやめるの?」
「……どうだろうね?」

わからないよ、と。一之瀬から顔を逸らして秋は目を閉じる。一番になりたくて踊っていた訳じゃない。それでも、長い間君臨し続けた場所に対するプライドも、いつの間にか生まれ始めていた。執着しているのかと言われれば頷くだろう。だがそれは、秋が踊り続けてきた理由ではない。

「この脚が…踊り続けて折れたなら、」
「秋?」
「その時は、私は踊りを捨てるよ」

それまでは辞めない。秋が言い切ったから、一之瀬も押し黙る。秋の言うその時は、一之瀬が秋のパトロンとゆう立場を離れることを意味している。その後、自分達は一体どうしているのだろう。またただの幼なじみに戻ってそのまま一生を終えるのかそれとも、そこ以外のどこかに落ち着くのか。分からないけれど、たぶんそんな時でも自分は秋を好きでいるんだろうと思ったら少し笑えた。
あと何度、彼女の踊る姿を見るのだろう。永遠ではない、輝きを。今の一之瀬には、目を閉じれば直ぐにでも浮かんでくる彼女の姿は、いつか遠い思い出となってしまうのだろうか。そう思うと、心細さが急に湧き上がって一之瀬を襲う。だから少し無理をしよう。仕事もプライベートも少しだけ無理をして、秋が一番に輝く舞台をこの目に刻もう。だって一之瀬は、秋の幼なじみでパトロンなのだから。



『理由なんてホントはどこにもないのに』

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