(上流貴族夏未と冬花)


最後に夏未が冬花の姿を目にしたのはもう何年も前のことだった。今よりも子供で多少の自由が存在した頃を、夏未は戻りたいとは思わずにただ懐かしいと思っている。冬花は、夏未のそんな懐かしい時間の中に一時姿を現した少女であった。
特別親しかった訳ではないが決して疎遠でもなかった。夏未同様に高い格式を持つ貴族に生まれた冬花だったから、逆に友人にはあまり恵まれなかった。これも、夏未と同様であったから2人はそれなりに交流を持っていた。


冬花の両親が彼女を置いて出掛けた夜会の帰り道、不慮の事故で命を落としたと夏未が聞いたのは、事故から数日後のことだった。
心配で見舞いに行くも、精神的ショックで衰弱しきった冬花に掛けてやる言葉など夏未にはなかった。それは、ベッドに横になる冬花の隣に腰掛けた少年も同様だった。彼が自分の親しい豪炎寺の親友である円堂守であるとは、当時の夏未は気付かなかったけれど。
何も出来ないまま時間ばかりが過ぎ、気付けば冬花はこの国を去った後だった。記憶を上書きして精神的安定を保つしかないと判断された彼女はもう冬花ではあっても夏未の知る彼女ではなかったから、見送りにも行けなかった。
聞いた所に依れば、冬花の母が隣国の王族の妾腹だったらしく、彼女の母を気に掛けていた腹違いの兄に冬花は引き取られたらしい。この国で触れたことなど全て忘れて、冬花は新しい道を歩くのだろう。寂しかったがそれだけだった。冬花に落ち度などなかったのだから。
だから、その後豪炎寺から冬花には許嫁がいて、相手の名前が円堂守だと聞かされた時の感想など、もう夏未は覚えていない。


『枯れた物語』


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