(大貴族同士ヒロトと玲名)


いつかふらりと消えてしまいそうな生き方をしていた。誰よりも愛を探しながら執着心とはまるで無縁な男だった。
当たり前のように自分の視界に居座り続けた男を、玲名は最早自分の人生の一部のように受け入れ過ごしてきた。短くはなく、長くもない。良し悪しもなくただヒロトは玲名と共にいた。
だから今、ヒロトが玲名にあまりに身勝手な言葉を吐いたこの現実すら、玲名にとってはヒロトだからの一言で済む話だった。

「一緒に来て欲しいんだ」

挨拶のように告げられた言葉に潜む真意を、玲名は量り倦ねている。
いつものように、もしかしたらいつも以上に身軽な格好で玲名の屋敷にやってきたヒロトが、自分に求めているもの。
段々と察し始めた玲名の眉間にはいつも以上に皺が寄っていく。

「あの家を出るんだ」
「…そうか」

内心、やっぱりと思いながら、どうしてお前があの家を出るんだと煩悶する。
ヒロトの家が義兄弟間で跡取り問題で揉めていたのは知っている。だが当の兄弟同士は非常に仲が良かった。周囲の取り巻き共がいくら勝手に騒ぎ立てていても、本人達が程良い落とし所を見つけて万事解決だと、そう思っていた。
しかし実際は違ったのだろうか。

「義兄さんにはちゃんと謝ってきたよ。利用するような真似してゴメンってね」
「あの人の事だ、どうせ笑って許してくれたんだろう?」
「うん、自由にやりたいことやってきなって送り出してくれたよ」

そうして玲名は全て納得する。ヒロトは、ずっと望んでいた音楽の道を行くのだろう、と。
心から愛した家族を振り切ってでも、ヒロトは夢を選んだのだ。

「身分を捨てることは、俺の夢」
「……」
「だけど、それで玲名と離れ離れになるのも、俺は嫌なんだ」

――だから、

続くべき言葉を、玲名は左手で制する。貴族の令嬢らしからぬ男装姿でヒロトを出迎えていた玲名の指には、指輪等の華美な装飾品は一切着いていない。だが玲名の姿は、ヒロトが知る世界中の誰よりも美しく優雅なのだと信じている。

「…玲名?」
「二度も言わなくていい」


一緒に行こうか、


躊躇なく返された言葉に、逆にヒロトが戸惑う。良いのかと視線で問えば、何を今更と言いたげに玲名が笑う。
それだけで、この先確実に自分たちを待ち受けている困難が溶けていくような気がした。
迷いなく、今ある充足を捨て自分と生きる道を選んでくれた玲名の手を取って笑う。
自分たちはきっと一生寄り添うべき縁を持って生まれた一対なのだと、ヒロトは今思った。そしてきっと玲名も同じだった。
そして二人は、新しい生き方に共にその一歩を踏み出した。幸せな、ありふれた只の夫婦として。



『始まりの日』
ヒロトと玲名の過去話


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