(庭師木暮と踊り子春奈)


久しぶりに屋敷に戻った春奈に、馬鹿じゃねーの、と吐き捨てられる言葉。それがどれ程自分を想って投げられたか、長い付き合いの中でとっくに気付いているから、いつだって木暮に返す言葉は一つだけだった。

「ありがとう」

怪訝な表情は返せど否定な言葉を吐き出さない木暮の態度が、いつだって春奈を幼かった頃の無邪気な時代に連れ帰る。
突発的で深い情熱は、長年二人が過ごした場所から春奈を押し出した。
春奈は社交的であると同時に内向的な少女だった。
木暮は極端に内向的であった。
偶々生きる世界を共有し、ある時絆が芽生えた。
木暮が作る花々や木々が茂る世界は春奈によって素晴らしいものだと形容された。
だから春奈は、いくら自分が夢を追いこの屋敷と庭を飛び出しても、いつか自分はこの庭に帰るのだと思っている。

「木暮君、立向居君とは会ってるの?」
「偶にね」
「画家ってどう思う?」
「別にどうも。凄いんだろうけどさ、」
「わかんないよね」

芸術は結局好みなのだと、春奈と木暮は割り切っている。職業を差し引いて立向居という人物を好ましく思えど付き合う理由はそれだった。
しかし春奈が木暮に聞きたかったのはまた別の事。

「外の世界も面白いよ?」
「俺は良いよ」
「でも…」
「俺にはこの庭だけで充分」

広々とした庭を、片腕を広げて示す木暮は、別に投げやりになっている訳ではない。
それがわかるから、春奈も次の言葉を紡げない。
春奈は木暮に、もっと世界は広いのだと知って欲しかった。
かつて自分が兄と過ごすこの屋敷だけを世界としていたように、木暮は春奈と知り合った頃からずっとこの屋敷の庭だけを自身の世界としていた。そしてそれは、決して悪いことではない。
だが春奈は、今外の世界の素晴らしさも知り始めた。それを、木暮にも知って欲しいと願った。
それがささやかな独占欲だと、春奈自身気付いている。
本当に木暮が外に出ることを望むなら、自分がきっかけになってはいけないのだとも思う。

「…、この時期は何が咲くの?」
「毎年聞くなよ…」

逸らそうとした話題は、春奈に当たり前だった日常を思い起こす。
季節が移ろう度に問い掛け続けた言葉。
変わらないやりとりがおかしくて笑う。木暮も呆れたように笑う。
それがやっぱり嬉しいから、また季節が変わる頃に自分はこの庭に帰ってくるのだと思った。


『薔薇が咲く庭』


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