(宿屋管理人風丸と踊り子秋)


風丸が管理するこの宿屋を秋が訪れるのは、もう随分と久しぶりのことである。
秋は春奈とは違い、自宅からオペラ座に通っていたから、必然的に風丸と顔を合わせる機会は減るばかりだ。
秋が踊り子に成る前、円堂を通して知り合った風丸との交流もまた希薄なものではあった。
それでも、自分の立ち位置一つで、人と会うのに此処まで気を回さないといけないことに、秋はやはり人間とは社会の中に於いて不平等な生き物だと思わずにはいられない。

「こんにちは、風丸君」
「ああ、久しぶりだな木野」

快く出迎えてくれる風丸の様子は、過去の残像となんら異を持たずそこにある。
そんな風丸に、秋もつい態度を崩しそうになるがそれをなんとか堪える。済ますべき用件があるのだと言い聞かせる秋の姿は真面目過ぎる程に真面目だった。
対する風丸も、そんな秋の様子に気付き苦笑するも、果たして自分と木野の関係はそんなものだったのかもしれないと思った。
風丸は案外、簡潔な人間関係を好むのである。

「円堂からのお使いか?」
「ええ、本当は円堂君が直接来たかったんだけど、直前にお得意貴族様からお呼びだしが掛かっちゃったの」
「大変だな」
「そうね」
「木野もだろ」
「私は踊るだけよ」

きっぱりと言い切った秋の心情を風丸は計りかねた。
秋が何を思い踊るのか、風丸は知らないし知ろうとは思わない。
だけど、春奈とは違い自らの夢がオペラ座で踊ることにあるのではないだろう。
もしそうならば、彼女は決して一之瀬を自らのパトロンに据えたりはしない。
自分の夢に他者を利用するほど、彼女は強かではないだろう。

「木野の踊りは凄いんだって、毎日音無が騒いでるよ」
「大袈裟だよ」
「そうでもないんじゃないか。不動のプリマドンナなんだろ?」
「でも風丸君は私の踊り見たことないじゃない」
「仕方ないだろ。一般人に、あそこは敷居が高すぎる」
「そんなこと言って、」

意地とか誇りとか、そんな言葉を秋に求めても無駄だと、風丸は薄々感づいている。
秋は一番高い場所に立ちながら流されることをいずれ必ず訪れる未来として受け入れている。
その未来が、踊り子である自分にとってどれほど不安定なものであるかを知りながら。
だから秋は、儚くて、だけど凛として強く美しいのだと、風丸は思う。
今一番秋の近くにいる円堂は、彼女の美しさには気付かない。気付いてはいけない。
如何にプリマドンナが特別といえど、一踊り子を特別にすることは、立場上円堂には不可能なのだと思う。
付き合う時間は各々違えど、それなりに親交のあった二人だから。
進んで不幸せになって欲しいなどとは願わない。だが不確か過ぎる未来を考えて時間を割いてやれる程、お互い子供でも暇でもないのだ。
きっと、用件を済ませた木野はさっさとオペラ座へと帰るだろう。そして自分はそんな木野を引き留める言葉すら掛けないのだ。
そんな浅い付き合いで、十分だと思う。
だけどいつか彼女が自分の幸せな未来を掴んだその時は、心から祝福の拍手を贈ろう。
風丸はいつもそう思っている。


『踊り子Aとの交流』


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