(貴族一之瀬と劇場支配人円堂)


出会った頃から思っている。
円堂は良い奴だ。
それと同時に、もう少し嫌な奴だったら良かったのに、と願望も一つ。
ちっとも嫌いになれない人間の傍で笑いながら、いつからか一番好きだったあの子の幸せを願う。
秋の幸せに必要なモノは地位とか名声とか、ましてや金とは無縁な場所にあるのだと、いつからか俺は気付いていたのに。
なのに俺が与えてやれるモノは結局そういった秋にとっては不要のモノばかりだった。
それが情けなくって悔しくって、だけどそれどもたった一人秋を支える人間でいたかったから、今プリマドンナとして舞台に立つ彼女のパトロンだなんて随分陳腐な立場に落ち着いたのだ。
秋が自分以外の誰かと幸せになるのなら、勝手だがその相手は円堂が良いな、なんて思っている。
負けたくない意識故に口に出せない願いを胸に、俺は今日も円堂と笑って話すんだ。

「円堂は結婚しないの?」

恋人の有無を問わずにこんな質問をしてしまう辺り、自分は案外真っ当な貴族だったのかもしれない。
一方の円堂は少し呆けた後にいつもの様に笑った。円堂のこの笑顔は、きっと見る人間を幸せにする笑顔だと思う。

「何だ、一之瀬結婚するのか?」
「まさか!ただ、結婚した方が劇場運営も楽そうじゃない?」
「貴族じゃないんだ。仕事と結婚をイコールにはしないよ」
「うわ、キッツー」
「一之瀬が失礼なこと言うからだ」
「ごめん、ごめん」

円堂の言葉はいつだって真っ直ぐで成程道理だなと思う。
本来、そうあるべき姿を語る円堂はどこまでも誠実で実直だ。

「じゃあ質問を変えよう、円堂は今好きな人いないの?」

本当は、最初からこう聞きたかった。
そして俺は、円堂の口からたった一人の少女の名が呟かれることを願いながら、それと同じくらい誰の名も呟かないで欲しいと願っている。
だけど、円堂は此方を見つめたまま何も言わない。

「円堂?」
「…一之瀬は、秋が好きだろ?」
「…気付いてたんだ」
「一之瀬は自分で思ってる以上に分かりやすいんだよ」

いつもの様に笑う円堂は、少し、遠い。
誰にでも平等な円堂は、多分誰も内側にいれないで生きている。
それはとても優しくて、寂しい生き方のように思う。
俺のように、たった一人を選べないといった苦しみとは無縁だろう。だけど、そのたった一人が、円堂にはいないのだ。

「一之瀬みたいに、誰かを好きになれたら良いんだけどな」
「そう?俺は円堂みたいになりたい、って思うよ」

そうおどけてみせれば円堂も笑う。似た者同士の俺たちは、結局お互いの無い物ばかりに目を向けて羨んでばかりいるのかもしれない。
それはきっと凄く不毛で愚かなことだと理解はしている。
だけどそれでも。
俺はやっぱり、円堂を羨むことを止めない。
たった一人、愛した少女に想われる彼を、羨まずにはいられないのだ。


『この手をすり抜けた物を、きっと貴方は持っている』


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