(音楽家基山と画家涼野)


才能があるとは自らの口で言う言葉ではない。ただ生きていく手段となった"芸術"と云う物において、自分はなかなか順調にこなせる技量を手に入れたのではないか、そう思っている。

「死ぬ前に作りたい曲があるんだ」

気紛れにアトリエを訪れては茶を啜って帰っていくヒロトに、風介は大した感想もなく「そうか」と気のない返事だけを残した。
お互い分野は違えど、己の作品には真剣だった。只それ以外には気紛れで、外からは変わり者と呼ばれながら、いつしかそれが天才なんて称号に変わっていて驚いた物だった。

「君は早世しそうだからね」
「そう見えるかい?」
「少なくとも、未練を残して死ぬような生き方はしてないね」
「はは、初めて言われたよ。みんな俺は長生きしそうだって言うんだ」

煩わしい柵を断ち切って、自由気儘に生きていると思われている。だが実際は逆で、その柵を断ち切って得た自由はヒロトが長年夢見た物だった。そしてそれを手に入れた今、ヒロトは何にも未練を残さず生きている。
いつ果てても、ヒロトは笑って逝くだろう。

「玲名にかい?」
「ん?」
「最後に作りたい曲」
「まあね」

ヒロトがこのアトリエに玲名を妻として連れてきたのは結婚報告の一度だけ。だがそれ以前からお互い知り合いであったから、ヒロトの家を訪ねた際などは普通に友人として風介は玲名に接していた。
ヒロトと玲名は当たり前のように一対として其処にいた。
幼い頃から、いずれこの二人は結ばれるに違いないと身勝手な確信を抱いて風介はヒロトと玲名を眺めていた。

「不思議だね」
「何が?」
「君が玲名を置いて逝くとも、玲名が君を置いて逝くとも思えないのに、」
「…うん」
「今すぐにだって、君たちは逝ってしまいそうに感じるんだ」

ヒロトは玲名の為に、いつか最後の曲を作るだろう。
愛の証は、玲名の為だけに残り決して世に出ることはないだろう。
だが風介はこの天才と呼ばれた音楽家が残した作品を忘れず生きるに違いない。

「風介は凄いなあ」
「何処が?」
「全部だよ、俺風介と友達で良かったよ」
「…晴矢にも言ってあげなよ」
「良いけど、晴矢照れて怒鳴るからなあ」

気紛れな会話は此処で途切れる。
風介はふと思い立って買ったはいいがピンと来るモチーフに出会えず放置した儘のキャンバスに目を向ける。
何となく、描きたいと思った。


「ヒロト、今度君と玲名を描きに自宅にお邪魔するよ」


親愛なる友に、自分からの親しみの証を残そう。


『確かに君がいた』
最初の晴矢と風介話の過去にあたる話


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テーマ「人外ファンタジー」
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