(留学生貴族フィディオと劇場支配人円堂)


「チャオ、マモル!」
「フィディオ!」

その陽気な留学生は、いつもふらりと円堂のいるオペラ座に現れるのだ。
円堂がフィディオと知り合ったのは近所の公園。子供たちに人気な円堂はいつだって周囲に人を集める。
そんな円堂に興味を示したフィディオから声を掛けてきたのだ。
「友達になってくれないか、」と。
警戒心の薄い円堂は直ぐにこの言葉に頷いた。
だが実際。円堂はフィディオのことを殆ど知らない。何故留学をしてどこに住みどんなことを学んでいるのか。円堂は一切知らないし尋ねなかった。

「今日は何をしてるんだ?」
「ヴァイオリンに興味があってね、あるかい?」
「ああ、勿論」

フィディオは実に多才と云うか、飽き性と云うか。どこか移り気だった。
初めて会った時は公園に絵を描きに来ていたらしい。次はフルートの吹き方について聞かれた。ある時はガラス細工の工房に行ったとも言っていた気がする。
会う度に違う芸を習っているフィディオを、円堂は純粋に面白いと感じていた。
そして今日はヴァイオリンらしい。
オペラ座には当然楽器一式が揃っている。
楽器関連に興味を抱いた時、フィディオは高確率でこのオペラ座にやって来るのだ。

「しかしフィディオは色々やるな」
「やりたいと思った瞬間にやらないと結局やらないで終わるからね」

円堂には、フィディオが焦っているようにも思えた。
フィディオが何を焦り急ぐのか。それは全くわからないのだが。

「なあフィディオ、どうしてそんな必死なんだよ」
「何が?」
「やりたいことやってるのに、フィディオは時々しんどそうな顔してるぞ。無意識か?」

円堂は初めて、フィディオに問うた。彼の内面、根本的な部分に触れなければ、きっと彼の行動の理由も意味も分かるまい。そう思ったから。

「簡単なことだよ」
「簡単?」
「この留学が終われば、俺は家の為だけに生きなくちゃいけない」
「フィディオ…」
「今しかないんだ」

弱々しく呟くフィディオに、円堂は掛ける言葉を失った。
貴族にも、オペラ座支配人と云う立場上沢山の知り合いが、円堂にはいる。
だから様々な人間について知っている気でいたし知っているのだ。
そして、貴族とは面倒な義務もあるが基本的に自分の道楽を満喫する生き物だと円堂は思っていた。
これは強ち間違いではない。

「覚えておいてよ、マモル」
「ああ、」
「フィディオ・アルデナと云う人間が、自分の為に生きていた時間を、さ」
「わかった」

フィディオがこの国を去れば。彼が再び此処に訪れぬ限り円堂とは二度と会わない可能性が高い。
それを寂しいと思い、旅先でこんな素晴らしい友を持てたことを誇らしくも思うのだ。

「ヴァイオリンはこっちに仕舞ってあるんだ」

深くは聞かず自分の願いを叶えてくれる円堂に、つい甘えてしまう自分がいる。これもいずれ終わるだろう。
だがきっと明日ではないから。
明日はチェロを見せて貰おう、そう考えてフィディオは漸く円堂の後を追い歩き出した。


『一過性』


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -